29_DanceBox_06


 迫真の、鬼気迫る、執念の。そんな言葉の中心に、“最期の”という強い何かを確かに感じた。


 音楽は微かに聞こえる程度の音量で、民族舞踊を思わせる音色旋律を与える。それに乗るように――違う、それを従えて要素の一部とするかのように、一挙手一投足から全身で魅せる躍動まで、彼女の踊りが全てを掌握している。

 片足に預けた体重を緩やかにもう片方の足に移す。両腕で描いた円状の軌跡を、真横にすらりと伸ばした手の動きで空間に新たな水平階層を生み出し掻き消す。瞬時に一歩下がった位置からそこへ飛び込むように膝を折り、両手を地につける。観る者の息遣いを心地よく乱す静、原初の生命鉱脈を流れるような動。ただでさえ解釈へ圧倒的な入力を生み出すその踊りに、もはや言葉で形容することは叶わないのかとさえ思わされる。私はどうにかそれに抵抗する。


 最初にもっと近い位置で見た時に分かったことのひとつは、女性の肌は薄っすらと汗を纏っているということ。そう、纏う“熱”があった。彼女の呼吸の音は聞こえなかったが、手を抜かない必死の踊りであることは疑いようがなかった。少年の言う「尽きるまで踊る」かのような勢いは確かにあるのだ。その熱量、質感はアンドロイドでも映像でも“あって欲しくない”と私に思わせた。



* * * *



「ごめんなさい、見入ってた」


 少年は皆そうなるから謝らなくてもいいと言った。


「もちろん僕も。未だにね」


 彼は一度私を見て、また踊りの方へ視線を戻す。ずっと見ている人たちはあの引力にも少しずつ慣れるのだろうか。


「究極の美を見出したとか、宇宙の真理がどうとか、価値観の転覆でどうとか、みんな色々言うんだ。でもどこかであれの死の瞬間を待っているように思う。口には出さないとしてもね。人間の醜い本能なんじゃないかな」


 少年はもう一度「もちろん僕も例外ではないはず」と付け加えた。

 私が感じた超濃度の感情の渦は、正の感情のみで作られたものではない気がしている。この少年の教えてくれたことはそれを否定しない。


「僕もまた考え事をしたくなったから、一人にしてくれるかい。あっちの白衣のおじさんに話を聞いてみると良いよ。話しかけづらそうだけど、多分大丈夫だから」


 少年は少し先の椅子を指差す。白い衣服の男性の細い上半身が椅子の背もたれから覗いていた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 彼は見かけの年齢よりもずっと落ち着いているように見えたが、一度感情の起伏を経て今の視点に至ったことが分かった。思春期を終えて感受性が振れることは誰しもあるはず。彼と、彼より年月を重ねたこの場の他の人と、そして私自身の感受性について少年の元を離れ歩いている間に思いを馳せる。



* * * *



 白衣の男性は両肘を両膝にのせて作った腕三角形に顔を付けていて、傍に近付くと小さな声で何かを呟いているのが聞こえた。

 横に回り込む。空間内では他に着ている人がいなさそうな白衣を身に着けている。男性は私に気付くと暗い表情のまま睨むようにこちらを見た。一瞬その視線に怯む。


「あの少年に言われて来たのかね」


 肯定する。


「……私の見解を述べれば良いのか」


 語尾は疑問符のようだった。是非お願いしますと答える。


「見る者に美しいと思わせる機構と、忘れさせる機構が備わっている。私はそう結論付けた」


「忘れさせる機構、ですか?」


「俺が補足していいか? ねえちゃん」


 後ろから声が響いた、振り返ると口の周りいっぱいに髭を蓄えた体格の良い男性が立っている。


「俺とその白衣のおっさんの意見は一致したんだ。おっさんは機構と言ったがオレはロジックと言った。そこは違うが後はほとんど同じだったんだ」


 豪快な笑い声が響く。見ると白衣の男性もこっそり笑っていた。


「技術側から見たら俺たち人間様の解析なんざとっくに済んでるからよ、俺たちにキレイだと思わせることも俺たちの記憶をほんの少し消すこともできるんだろうよ。どんな腕前の奴らが手を組んだのか見当もつかねえが……」


 白衣の男性が座ったまま身をひねって後ろに現れた髭の男性と言葉を交わす。彼らは得意とするフィールドこそ違うものの、学術的な知見と技術的な知見から、その途中で偶然同じ見地に立ってあの踊りを見ているようだ。それと、「仲良し」らしい。

 私が意味をすぐに理解できなかった「忘れさせる機構」と「記憶を消すロジック」は髭の男性の言う通り同じ事を意味していた。つまり、あの踊りを見た記憶を消すのだ。踊りはいつまでも続いていて、しかも同じパターンを繰り返しているようには思えないのだという。緩急、迸る熱。大きく崩れることのないまま生命を感じさせる表情は主題ではないものの、超越的なまでの身体の動きに要所でシンクロする。まさに今燃え尽きようと最後の輝きを振り絞っている。少年が言っていた踊りの終わり≒死への期待を絶妙に煽る、究極の所作。


 果たして部分的に記憶を消すことなんて本当に可能なのだろうか。踊りは確かに一度も同じ流れを見せていなかった。そして最後、あるいは最期を纏うような何かは、歪められているのかもしれない解釈の中で確かに強く感じられた。

 私は白衣と髭の男性に一言挨拶をし、その場を離れた。考える起点も考えるための情報も手に入ったけれど、ケイコの顔が頭に浮かんでいた。

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