DanceBox

23

《他に質問はございますか》


「いいえ、どうもありがとう」


 この仮想箱館(映画館の仮想箱版のことで、私はそう呼ぶことにした)には3つの箱が存在している。私の知る映画館にも館内に複数の部屋があって複数のタイトルが同時に扱われていたけれど、それと同じような感じらしい。3つの箱の内1つは私がさっき入ったタイトルの選べる箱で、これは常設の箱。残り2つには“流行りもの”が入れ替わりで入るということだ。

 ただ、映画作品のような入れ替わりスパンではないらしい。案内音声の答えてくれることには限りがあったけれど、どうも複数の箱で汎用的に中身を再現できるものと、箱と中身が密接に絡み合っていて切り離せないものとがあるようだ。前者であれば映画のフィルム的な扱いができるが、後者はそうではない。あの箱はどちらだったのだろう。役目が初心者の体験用ということだから、基本的に一人一回しか利用しないはず。そして機能が生きている限りずっとそこにあったのではとも思い至る。古いものには何かが宿るということがあるのかもしれない。

 出口は他とは違うので交差点というよりは四叉路となっていた地点へ戻る。普通は映画を一つ見たら映画館を後にするのだから、出口へと向かわない私はイレギュラーかもしれない。念のため言っておくと料金は1つで帰っても3つで帰っても変わらないと説明された。案内音声の適度なちぐはぐさのおかげで本当に対価の概念があるかどうかは微妙なところ。



* * * *



 2つ目の箱の部屋はいざ入ってみると最初の部屋とあまり変わらない様子だ。ただ、黒基調に青白い光の線がアクセントとなっていたのと違い、真紅色のラインライトが部屋の輪郭を映し出している。壁は相変わらず光を吸い込むような黒基調だったが、その一面が私の視線を捉えた。――月だ。椅子の左側の壁の右上のあたりにぼんやりと輝く丸い月が映っている。月の光は時折その色味を変えるけれど、何故かひとつ前の箱で見た夜が明ける直前の空の色が仄かに混ざっているように見えた。ゆっくりと呼吸するように、ほんの少しずつ輝度を変えているのだろうか。紫とも赤茶とも違うその色は神秘的という言葉に身を隠して何か示唆的な輝きを描き続けている。しかし本来の月は自ら光を発していないはず。

 凝った演出なのだろう。その意味を箱の中へ確かめに行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る