24_DanceBox_01
気が付くと私は小さな喫茶店のような空間にいた。少し座る位置の高い椅子と、ワイングラスのような形の細長くて丸いテーブル。椅子はテーブル一つに対して二つ向かい合うように用意されていたが、私はそのうちの一つを占領していた。あ、今回は尻餅をつかずに済んだようだ。
辺りを見渡してみると様々な年代の男女が(気のせいかほぼ全てのテーブルにペアにならずに一人で)この空間にいる。向こうの壁側にはカウンターがあって、飲み物の名前(値段は無くて、名前だけ)が並んだボードが店員らしき格好をした若い男性の頭上に設置してある。マグカップや半透明な飲み物の入ったグラスがそれぞれのテーブルの上にあったりなかったりで……やはりここは喫茶店なのだろうか。
いや、そういうわけでもなさそうだ。じろじろ見ていては何か変に思われるかもしれないと慎重に探ったので察知するのに少し時間がかかったが、多くの人間がカウンターの反対側にある大きな扉に視線を送っている。小刻みに数回、あるいは睨むように長い時間。私の席はカウンターと扉が向かい合う面のどちらでもない壁寄りにあって、空間内が見渡しやすい位置向きに最初から座っていた。……はてさて。
そういえば今度はちゃんと自分が自分視点で存在している。最初の箱も砂漠にいた時はそうだった。光の中は多分例外なので、これが本来の仮想箱の中であると言えばそうなのだろう。そして大きな扉を備えた喫茶店内には“他の人”がいる。
ここで一つの疑問が浮かんだ。誰かの夢の中に他の誰かが入ることは未来の技術をもってしても叶えるのは難しそうだ。でも私の知るネットワークに繋がった空間では、“リアルタイムで他人が接続している場合に”他の誰かと意思疎通をすることができる。箱は閉じていると最初の箱で言っていたし、基本的に今ここでこの箱に入っているのは私だけであるとして。そもそも箱は個人用のものだろうし、あれ、そう言えば映画館と違って仮想箱館には椅子が一つしかないように見えた。複数人を……と、いくら考えていても怒られないのは箱の中の有難いところ。でもその間にある人のグラスは空になり、ある人は出口(大きな扉ではない)へと向かい、またある人はカウンターへと飲み物を手に入れに行った。両開きの大きな扉も一度だけ開いたが、この位置からでは中を見ることはできなかった。そう、つまり考えている間にも自然な形で時が流れていた。
少し考えていたけれど結論は最初に導かれる単純なものへと戻ってきた。この喫茶店風の空間にいる人は仮想箱が再現した人間で、ゲームで言う村人Aとか町の人Aたちだ。それなら話を聞いてみなくては。
* * * *
村人Aとは言ったものの、彼らの仕草や息遣いまでも仮想箱はリアルに再現している。気怠そうな人、訝しげな顔をした人、目を閉じている人。共通して個々のタイミングで大きな扉の向こうを意識するのを除いて、紛れもない「他人たち」だ。そんな各々の時間を過ごしてるような人たちに声をかけるのは少し勇気が――
(……私の方を見ている人がいる)
自分と同じくらいの年代の女の子が多分私のことを見ている。それとなく見渡す際に視界の端で視線が交錯、今再度視線を送って確信が持てた。パーカーを主体にちょっと緩めな服装。やや無造作な長い髪、厚めのフレームの眼鏡の奥からじっとりとした視線。私が周囲を探るように見ていることを悟られたかどうかはともかく、同性だし年齢的にも話しやすそうだ。声をかけるのは彼女に決め……彼女は口角を上げると手のひらを前に出して手招きをした。一癖あるかもしれない……。
「こんにちは……」
「どーもー。探ってたね」
頬杖を解かないままやや面倒そうに返答。というより面白がっているような。
「えっと……」
「誤魔化さなくてもいいよ。あたしにゃすぐ分かる。まあみんな他人なんか大して気にしてないからおどおどしなさんな」
「……ちょっと聞きたいことがあって」
「ここは何をするところか? あたしらが何をしているか? どっち?」
最初から構えられていた二択がどちらも鋭い。何より、同じ階層にいる者の問いではない。
「やっぱりあたしの名前とかにしようか」
また口角を上げる。癖のある口調はさておき多分この子はかなり頭が良い。器量と手の内が読めるまで少しかかりそうだと思った私は「ではそれで」と軸をずらす。村人Aと答えて私を試してくるかもしれない。
「あたしはケイコ。アンタも名前教えてよ、ハンドルネームでもペンネームでも何でもいいよ」
「私は、ハルカ」
「ハルカね。よろしくー。それじゃあ本題に入ろうか。まあ座って」
テーブルの傍で立っていた私に気を遣って丸テーブルの端をちょこちょこつつく。改めて喫茶空間内を見渡してから座ったが、二つ一組みの椅子が同時に使われているのはやっぱりここだけに見える。ケイコは不敵な笑みのまま私が切り出すのを待っている。
「ちょっと変な質問になっちゃうんだけど、あなたはこの階層の人?」
「いきなりメタな内容とは意地悪だねえ。あたしも人のこと言えないけどねー。そうだなあ」
口元に手を当て視線を伏せた後に、空中の一点を斜めに睨む。わざとらしい考えているような仕草。
「“嘘をついて言うなら”あたしは箱の外を知っているし、ハルカと同じような人にどう向き合うかの説明書を読まされているよ」
「ハルカこういう言い方好きでしょ」と添えて私に考察時間をかけさせる。もし箱の外で会えていたら私はケイコと友達になりたがっていたと思う。ケイコも多分こういうのが好きなのだ。
「最初の二つ、勝手に喋っちゃうよ。ここが何をするところなのかは見ての通りあの大きなドアを開けてみれば分かる。これは言わないでおくよ、楽しみが減っちゃうからね。あたしらが何をしているのかは、まあ一回あのドアの向こうを見てきたら分かるんじゃない」
「……まずはドアを開けなさいということだよね」
「そうなっちゃうね。まあでもあと何人かに聞いてからにしてみたら? 私はあのドアを開けたら落とし穴に落ちることは無いって言うけど、これは嘘かもしれないよ。ハルカみたいなかわいい年頃の女の子が声かけたらみんな話くらいは聞いてくれるでしょ」
またも口元を緩める。
「ケイコもかわいいよ」と、せめてもの反撃。でもいわゆるオシャレをしたら本当に綺麗な人だと思う。
「あ、一個だけ。あのドアは二重構造になっててドアの向こうにもう一枚ドアがあるから、最初に気合い入れて開けたら拍子抜けするよ」
ケイコはひらひらと手を振ると、私と話している間は閉じていた飾り気のないノートに飾り気のないペンで何かを書き始めた。私がそれを見ているのに気付いてチラっと顔を上げると、少し笑って「しっし」と手を振る。次の人のところへ行けという意味だ。私を招くときから三種類の手の動き。まさか気の流れをコントロールしているなんてことは……みたいなことを考えてしまう。また後でケイコと話に戻ってこようと思った。
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