22

 ヘッドセットを取って、ぼやけた視界の中で元の椅子に自分が存在していることを確かめた。


「覚えてたよ」


 どうにか一言だけを口に出せた。残りは、零れ落ちるような溜め息に溶け込んだ。

 現実と仮想の境界に今一度意識を向ける。小さな四角い部屋に椅子型の装置が一つ。力無く体重を預けた私が一人。ここは私にとって最初の箱となった仮想箱を設置している、少し年季の入った施設。


「最初にしては……」


 重すぎたかな、と椅子から身体を起こしながら言おうとして、途切れてしまった。データにはモノとしての重さがないからということではなくて、“重い”という言い方が相応しいのかどうか一瞬考えてしまったのだ。個々の想いはあまりに力強く、集積はあまりに美しかった。極めて人間的な点は電子演算的な規則線で必ずしも束ねられてはおらず、既知摂理ではその集積を一方向から見た姿としての渦を形成するにさえ至らない。強大で完全な演算も微小で不完全な感情もそれの前では等価であるのに、未知未定義のオブジェクトをいくつ並べてみてもそれを解釈しきることはできそうもない。


 どうにか立ち上がってみると、まだ少し身体に余韻が残っていた。もう一度眼を閉じて夜の砂漠と、あのボロボロのロボットの姿を思い描く。

 目を開けると真っ黒な壁が青白い光のラインで扉の形に縁取られ、柔らかな照明が部屋の外へと私を案内し始めた。

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