11_SandBox_08_
「こうやって物に自分の名前を書くなんて、子供の頃以来かもしれない」
狭い空間を埋め尽くし機械が形を得ようとしていた。精巧に組まれた無数の部品は、ここには到底収まらない巨大な機構の一部となる。
複雑な曲線を描いた金属板に工具入れに隠していた塗料ペンで二人分の名前を書いた。自分と、すでにこの場にいられなくなった人の名前。左後ろのロボットアームが電子音を立てる。警告音かもしれない。
「まったく……」
彼女が今作業を完遂できるのは自分に技術があるからで、その価値は“一度だけしか使えない”。二回目以降は彼女のあらゆる技術をトレースしたロボットがその価値を奪うからだ。機械を生む機械たちが脆い人間の手を借りるのはただの一度で済むようになった。
一度手を止めてしまった。塗料ペンで自分が書いた名前を見て、もうひとりの顔が脳裏に浮かんでしまう。
「あなたなら、クソくらえ! って言うよね……」
耳障りな警告音が再度聞こえる。作業を止めたことに対する警告は間違いないとして、こっそり書いた名前については懲罰対象だろうか。この部品は設計上、外から見えない位置になるが……そういうことではない。
狭い機械室には無数のアームが備えられていた。人間ひとりを無力化するのに十分な武装を持って、作業者が何かしでかさないかを見張っている。“今まで”何もしでかさなかった技術者は、曲線を描いた金属板の一部をレーザーメスで切り取った。
機械室に無数の警報音が鳴り響く。爆発音と金属音が連続して更なる処置を呼び寄せる。
長い時間閉じ込められていた。機械も配線も熱源も電源も全部覚えた。どうすれば最大の被害が出るのかは知っている。
足首に巻き付いた拘束アームを硬金属レンチで叩き折った。金属に穴を開ける為の細いドリルが人間の右腿に突き刺さり作業服の下から赤い染みが湧く。私の危険度認識を上げたバカな防衛装置が遂には放電を使った。身体が焼けるように一瞬意識が飛ぶ。
――私を、私たちをなめるんじゃない。
かつてここで自分と仕事をしていた人のセリフを力いっぱい叫んだ。煙と薬剤と涙で滲んだ視界の中で、傷だらけの工具を握る手に力が戻る。
最後の人間の技術者は、二人の名前を背に最期まで抗った。
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