10_SandBox_07_
「ここに奇麗な花が一輪咲いていたの。もうこの辺りに良い土は残っていない。そもそもどうしてこんなところで生きていられたのか分からない、摘み取れば枯れてしまうかもしれなくて、それで、――」
人工石材のタイルの隙間には申し訳程度に人工の土が残っている。自然なるものの便利そうな機能を人工物が粗方代替できるようになると、視界は次々と人工物に置き換わって行く。あらゆる種は善良な有志の抵抗虚しく技術が必要な範囲を残して減少へと向かった。
女は灰色のタイルに残った赤茶色の跡を細い指で触りながら、取り乱していた。
「もういいから、避難しなさい」
黒い防護服に身を包んだ同じ姿の人間たちの群れが告げる。あるいは、憐れむ。
女は必死に懇願した。ただの存在跡さえ安価な大量の洗料によって上書きされてしまったタイルの欠片が女の手元に残った。女は両手でそれを包むようにして“祈り”の姿勢を取る。何もかもが時代に似つかわしくない動作だと黒衣の包囲網は怪訝な顔をしていた。
場面空間の暗転。小さなタイルの欠片が暗闇の中にただ一つ残り、薄い光を帯びて私を次へと導いて行く。
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