09_SandBox_06_


 真っ暗になった意識の中で、小さな光の点が一つ浮かび上がった。その点から斜め下に二本の線が短く伸びて、どちらの先端にも同じ形の丸い点ができた。二つの白い点からまた二本の線が同時に伸びて、今度は四つの点ができた。次の線は、同じ高さに並んだ一番左の点を除く三つの点からしか伸びなかった。よく見ると右から二番目の点は左下方向に一本しか線を伸ばしていない。これで五個の点が三段目に並んだ。一本も線を伸ばさなかった点は光を失って黒っぽくなった。

 地中深くどこまでも木の根が伸びていくように、これが繰り返された。曖昧な私の主観視界にその広大な全体像が収まらなくなるまで何度も何度も。

 やがて光の根は輪郭を曖昧にして、溶けるように消えて行った。


 もう一度真っ暗になった意識の中で、短いフレーズが文字として頭に浮かんでくる。


『集積型AIに取り込まれる直前の理論を越えた笑顔が最上の視覚情報だと判断した彼は、以後のあらゆる入力を絶つため自身をシャットダウンした』


 直前に見たアンドロイドのことかと思ったけれど、少し違う。すぐにフレーズ前半部分のシーンが朧げに頭に流れ込んできた。“集積型AI”の意味するところは大まかにしか分からなかったが、意識を絶ったアンドロイドはやはり先ほどの彼とは別の個体だ。直前の場面空間体験の短縮版と言ったところ。短縮版なので負担は少なかったけれど、別の誰か(あるいは人に類似できる思考を持った電子頭脳)の同じような強い感情の中をもう一度通った。



 ふと自己意識を再認識する時間が与えられる。負担、という言葉が零れた。

 私はこの時代の仮想箱という装置に入って、仮想空間の中で不思議な光に触れた。その光は仮想箱の中に正式なものではない何かへの入り口として存在しているようだった。夢を見ている時のように私の意識は光の中へと取り込まれた。今私はどうなっている? 夢の中のようであるのに意識はかなり鮮明に連続していて、既に体験した複数の場面空間が相当に“重い”ものであることを実感している。一体これは何なのだろう。

 

 最初の方、扉型の光に消えて行くように見えた複数の人間の意識。続きを見ることはできなかったが、扉の向こうに進む光は後にもずっとずっと続いていた。次に、場面を切り取ってその激情まで共有しながら目にした男とアンドロイド。両者の境遇にはどこか似ているところがあった。それを裏付けるためなのか、フレーズのみが浮かんでから短縮版のように三つ目の場面を見た。それからその間に目にした胸像らしきものと人影の短いやり取り。今いるところが夢の中であることを裏付けるように、視点は主観のみに固定されず場面は私の意思決定を待たずに切り替わる。

 そもそも仮想箱には完全に意識が再現されているのだろうか。人間ベースの私の意識。それが更に一階層奥へと誘われた。今はまだ頭の整理や情報の処理がどうにか及んでいるけれど、精一杯であることは間違いない。ここはその辺りを考慮してくれているのだろうか。


 考慮って、誰が、どう……。


 私は誰かへの感情移入からそう簡単に抜け出せるようにできていないのかもしれない。身体から何層分抜け出したのか分からない意識の中で、ぴしゃりと両手で頬を叩く仕草を思ったように実行できた気がした。

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