08_SandBox_05_
切り替わった場面空間に意識が追いついてくると、再び半客観の視点が用意されていた。半客観という言葉が正しいのかどうか。やはり夢の中の……。
私は強い焦りと興奮の感情をそれと共有しながら男性らしき姿を後ろから見ている。
時間がない。足りない。そうなることは分かっていて、瞬間を手に入れる為に多くの犠牲を選んだ直後の場面。その後ろ姿は何かスクリーンのようなものに全神経を集中させ、頭脳がオーバーヒートすることも惜しまない必死の計算を行っていた。極端に傾いた感情、連続演算のような感覚。私が見ているのは人間の男性ではなく、男性の姿をしたアンドロイドだ。状況が呑み込めて来るとそれが分かった。
「これでもない、これでもない……」
口のパーツから声が出る。人が喋っているのと何ら変わらない。焦りが滲む呟き声。アンドロイドは何かを探していた。犠牲を払えば“一時的にでも”手に入るという確信を持って。恐らくアンドロイドに搭載されている安全装置が無数のアラートを出している。彼は無理をして探している。手に入れるという盲目の意志を持って。
自己を規定するルールにどんなものがあり、どんな風にどれだけ時間を過ごし、どんな選択をし、今何をしようとしているか。目で見るのではなく聞かされるでもなく、流れるように送り込まれてくる状況の情報は私が仮想箱にいるからこそ許されるインプットの仕方だった。アンドロイドはネットワークから一人の人格を探していた。
その人格はデータとして存在していた。ある理由により元媒体でのデータ維持が困難になった時、データ(の人格)を巨大な電子集積へ“一時避難させる”という選択肢があった。彼の前にはそれが唯一の選択肢として出現した。時間軸と技術力、そして当時のアンドロイドの運命が不幸な交錯をしたのだ。電子集積への避難にはデメリットがあり、彼にとっては選びたくない選択肢であったが、他に道がない。身を切る思いにその選択肢を実行できないでいたが、いわば時間切れとなり一旦の実行が強制された。
集積に取り込まれた人格とはもう会えないとされていた。閉じ込められるのか、何かと一体化してしまうのか、あるいは四散してしまうのか。ともかく一時避難という言葉が相応しくない状況になる。
アンドロイドには権利と単純な力が足りなかった。相手となるものは一つではないようで、状況は絶望的と自身の頭が計算結果を弾き出している。「もういい」という悲痛な言葉が響く。
インプットは一旦そこで止まった。
残りのすべてを捨てれば、少しの間だけもう一度会える。アンドロイドはそれを選んだ。
奥行無限の空間に粒子の塊が現れては消えるイメージが浮かんできて、高速でその中を選別していく様子が映った。頭の中が焼けるような感覚は人の身では経験できないものだった。犠牲を払い自身の処理能力を一時的に引き上げているのだ。強い覚悟が妄信的に自我を支え、やがて懐かしい声を遠くに捉えた。
視界が少しずつ失われる。私が人間である以上、これ以上の過剰負荷となる感覚を共有していられないのかもしれない。
アンドロイドの演算が止まり、人間の笑顔を認識したのが分かった。
再度自分の疑似人格をデータとして巨大電子集積へと送り込み、瞬間的に得た演算能力で障害を切り開き、燃焼の消えゆく寸前に、しかし確信を持って再会を果たしたのだ。もう彼にヒトで言う五感は無いはずで、どんなふうにそれを認識しているのかどうかは分からない。ただ、間違いなく、美しい笑顔を認識した。私にはその断片が伝わってきた。アンドロイドが幸福に包まれたことも伝わってきた。
最上の視覚情報。そう判断した彼は以後のあらゆる入力を絶つため、自身をシャットダウンした。
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