第34話「死を終わらせるために」決断…。
5月16日。
未来が明るいイメージを持とうとした。
実際、周囲は明るくなった。
甥っ子、姪っ子が昨日いきなり勢ぞろいで、公園へ遊びに行った。
わたくしに挨拶をするのも嫌がっていた、まだ会って二度目の甥っ子が、棒切れを手に、
「追いかけてきて…?」
と控えめに誘いをかけるが、わたくしは遊びや暇つぶしで甥っ子を追いかけているのではないのだ。
「だって逃げるでしょ…」
あまりに広いから、一番ちっさいKを放っておくとどうなるか危ない。
大人としてついていっているのだから、責任がある。
ところが4歳と5歳の子は、面白がってわたくしのバストをアタックしてきて、ついわたくしも羞恥心から、
「このやろー!」
とじゃれてしまう。
捕まえたら、頭なでくりの刑だ。
それに引きかえ、K君は、ねえねの歌を作ってくれたり、帰りに遅れそうになると、荷物をわたくしに預けて、
「おいかけてきて」
と、さりげなく急ぐのをうながす。
空気を読むなー、感心してたら、車の中で4歳のNくんのアイスを欲しがり、Nくんは両隣のYとKにかわりばんこに「爽! 温州オレンジ」?
なるカップアイスをスプーンですくって、口へ運んでやっていた。
Kは
「もうちょっとだけちょうだい」
と言ってぱくぱく。
「もう、僕のなくなっちゃうよ……」
人の好いNくん。ゴミまで両手に持たされて、なんだか不憫である。
「ごめんねNくん、K、ちっちゃいからすぐ喉が乾いちゃうの、わけてあげてね?」
言われなくても、Nくんはふっつーに分けてあげてるのである。そしてKには、
「Kはもう、我慢しなさい」
と、わたくしが言ったら大声で泣きだしちゃった。
だって、Kは自分だけ、ばあばに買ってもらった「カルピスウォーター」を隠し持っていたのだ。
バレたらお兄ちゃんにのまれて、こぼして、なくなってしまったけれど……。
Kは大人の話をよく聞く子なので、ばあば(わたくしの母である)がビッグばあば(ひいおばあちゃん)にことの顛末を話しているのを横で見ていて、
「Nちゃんもアイス食べたかったの…?」
あたりまえである。だから、手の届かない奥の方から、ばあばにとってもらって買っていただいたのである。
それを座席の両側から、鳥のひなのようにぱくぱく口を開けられて、
「ちょうだいちょうだい」
言われて、自分は三分の一も食べられず、みんなあげてしまったのである。
ちなみにYはピノを一人でほおばり、Kは上記のとおりであるから、Nくんには
「損しないように、早く食べちゃいなさい」
と言ってしまったが、彼のやさしい気持ちを踏みにじったようで、後悔している。
「Nくんやさしいね。Kはもらったら、ありがとうっていうのよ」
だけでよかった気がする。
わたくしの知らない友愛精神が、彼らの中にあったとも限らないし。
形ばかりの礼儀を教えても、その関係が崩れたら、とてもやな気がする。
と、思っていたら、実家に帰ったとたん、また追っかけっこが始まり、しょうがないやなと思いつつ、今度はNくんをしっかり、頭わしわししてあげる。
妹の話によるとNくんは赤ちゃん返りしているらしいから、甘えたい、かまってほしい、そんな気持ちが大きくなってると見えて、言動が4歳児以下だ。
大人になったんだから、わたくしもその気持ちに応えてあげようと思う。
やさしく、慎重なNくん。新たに加わったRちゃんという妹に嫉妬するでもなく、赤ちゃん返り。
自分より体のちっちゃなYとKに都合のいいときだけ甘えられてしまうNくん。
Yは最年長の5歳だから、Nくんにアイスをわけてあげたり、一緒に木登りを教えてあげたり、網をもって、魚に餌をやって、捕まえようとしたり、いろいろリーダーシップはある。
最年少の3歳のKだけが、マイペースに木の枝を拾って、トンボを見つけてとってきたりしている。
わたくしKくん好きだなア。
母もKくんLOVEだし。放っておけない感じがまだまだする。
しかしお兄ちゃんたちに交じって、ねえねのお胸をアタックするのはよくない。
将来、それをやったら犯罪である、だからねえねはYに商売女を口説くように勧めた。
そしたら、妹が怒っちゃって、被害者のわたくしに向かって、
「ほんとに嫌なら、距離おきなよ」
っていうから、座席一つ分、間を開けたら、アタックは収まった。ふう。
☆☆☆
同日。
猫が苦痛に泣く。
クフークフー! と口で息をしている。
朝の6時まではまだ生きていたと思う。
ストローで水をやったり、マッサージをしてやると、ゼハゼハ言うのがとまるので、か細く泣いては繰り返していた。
目は瞳孔が開きっぱなしになり、ついでにまぶたも閉じない。
無理に閉じさせようとすると、瞳がくぼんだ。しまった。
結局、母との約束には、ニャンコの命がもたなかった。
5時に辛い韓国のラーメンを食べて、ソファで休んでいたら、しばらくして朝の支度を始めた母が「公園コースで散歩へ行こう」と言ってくる。
6時頃に「散歩へ行こう」と言ったら「眠いのにとんでもないことを」と相手にしてくれなかったので、今度はわたくしが断る。
そうして、眠い眠いと思いつつ12時までうとうとしてた間に、ニャンコは逝ってしまっていた。
そんなふうになる予感もしていた。
昨日は苦しさにのたうち回っていたのだから。
今日、終ってよかった。
今は安堵であるが、後々胸に猫型の穴があかないとも限らないので、明日は火葬にしようと思っている。
☆☆☆
同日。
苦しい息のニャンコを見つけて、わたくしの想いは錯綜した。
「今、みまかったら」とか。
「じきに終わる。わたくしが終わらせるんだ」
などと、自己満足を促していたが、実際は苦しまないで済むならそちらの方が彼にとっていいと思っていた。
そして実際に思ったことは。
「この子の命はわたくしのものだ」
という満足である。
わたくしのベッドの上で、眠るように逝った。
大往生だ。
わたくしの制作していたボイスドラマが出来上がった次の日だから、なにやら因縁も感じるが。
それ、聞かせると「みゃー」鳴くんだった……。
その作品は「月夜のかげろう~恋をしてみたくはないかい?~」という、恋愛もので、円満に失恋する話なのだが、猫にはあまり好評でなかったようだ。
こうしていると、ニャンコがわたくしの方を見ながら、「元気でね……」
とオーラで語りかけてきた日を思い出す。
心が張り裂けそうだった。
猫にそう言ったら、今度は罵声を浴びせてきた。
ヤンキーみたいである。
けれどそれが、やさしさであるとわたくしは気づいていたから、胸が痛んだ。
泣かないと決めたその日、家に来た甥っ子のKが布団に転がって、
「泣いてもいいんだよ」と言ったので、はっと胸をつかれた。
しかし彼は「巻いていいんだよ」と続けた。
布団でぐるぐる巻きにしてほしいという要望だった。
気を取り直して「ぐるんぐるーん」とやってやったら、お兄ちゃんが乱入。
喧嘩になって、お兄ちゃんが目にかかと落としを喰らって、おしまいであった。
しかし愛猫は従順な子であった。
ともすればわたくしは、彼の存在を忘れ、勉強に、遊びにと興じた。
だけど、現実のわたくしを支えていたのは彼だった。
やさしいやさしい、猫だった。
☆☆☆
同日。
ニャンコのそばにいると、その隣でまだ息をしているような気がするし、ぺったんこのお腹が上下しているような錯覚がする。
いちいちこう書くのは、すでにわたくしの心がピリピリしだしている証拠なので、誰かのために書いているのではありません。
だけど、火葬にするとき、わたくしの写真を一緒に入れてやろうとか、白薔薇を添えてやろうとかいうのは、完璧に自己満足だ。
だって、思い出になるんだもの。
大好きなアメショの大和(やまと)ちゃんだもの。
今、目の奥がじんとしてキーを打つ手が止まってしまいがちだが、もう、彼は亡くなったのである。
あとは自分のためにできることをしよう。
大和の死を、本当に終わらせるのだ。
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