第31話「ひえ~」アラ*-の姫…。
5月10日
他に話題がないのかと問われれば、ない。
今わたくしの生活は愛猫と家族のことしかない。
親しい友人にでもあてるつもりで、書いてみようと思う。
事の発端は単純だ。
わたくしはペットショップで、少し大きめのアメリカンショートヘア―を買った。
お金をかけて買わないと、家の者が粗末に扱うからだ。
実際、ワクチンなんてしなかったし、半野良同然の飼い方をしていたから、友人が紹介してくれたニャンコなどは破格の扱いだった。
それでも去勢しなかったし、ワクチン注射もしたりしなかったりだった。
学生だから、お金がないから、で済まされることではない。
わたくしはあまりに無知だった。
ワクチンを受けていない猫は、病気になった際、入院させてもらえないのだ。
すでに十何代目かになるニャンコは雄だったが、去勢しなかったせいで、ケンカばかりで頭につけられたツメ跡からウイルスをもらってしまい、しょっちゅう体調を崩して、目やにを出していた。
最期は飼い主の方がくたくただった。
一旦は看とる覚悟を決めたものの、憔悴していく姿に耐えられず、ワクチン、検査、レントゲンを経て、どうやら胆管が閉塞している様子なので手術が必要と言われた。
母に泣きついて手術費を貸してもらった。
返せたかは忘れてしまったが、そのことについて母は何も言わない。
母は、出すときは渋るが、出した後のことはつべこべ言わない。
結果については前もって「もう、痛い思いをさせるだけかもしれない」と言われていたので、切ったあとは大きくて「なんだこれ」とは思ったけれど言わなかった。
その猫は死んだ。
妹が訃報の前日に、ベッドでダウンしながら、
「あの子死んだよ。今、あたしの背中にいる」
と告げたので、懸命に祈ったが、最後にミスを犯した。
ニャンコは、
「少し、長居していこうかなあ」
と言ってきたのだ。
わたくしは、それでもいい方へと解釈し、
「ああ、ゆっくり治しておいで」
と言ってしまった。
ついに彼は帰ってこなかった。
だからもう、愛猫に向かって、病院に長居しろとは二度と言わない。
しかし看とるということは、消耗戦だ。
日々疲れがたまるし、日々妙な気持ちにさせられる。
☆☆☆
今日はニャンコに「三温糖」を水に溶かしてストローで与えてみた。
そうしたら、よろつきながらも部屋を出て行ってしまった。
水場に来たから、飲むのかなと思い水道を開けたが、匂いを嗅いだと思ったら出入り口付近で床マットに腹をつけたではないか!
そのうえ、外に出て、お釈迦様のごとく「沙羅双樹の花の下……」的な雰囲気をかもしているから何ごとかと思う。
それは蜜柑の木の下で、ちょうど盛りだった白い花の花弁が、ほとりはたりと舞い落ちてくる、カラスアゲハの舞い飛ぶ、涼し気なスポットだった。
腹が立ったので、アゲハが卵を産みつけて行ったと思われる葉をちぎって、ポリバケツに捨てた。
一瞬、中が毛虫だらけになったら、とは思ったが、アゲハの幼虫はよく考えたら毛虫ではなかった。
芋虫となって、ごみの下で過ごす不遇さに比べたら、水をかけてやるのが慈悲だったかもしれない。
実際、仏様の教えを学ぶ父は、蜜柑の葉を喰いつくされてもいいから、アゲハに卵を産ませてやりなさいと言う。
やつらはがつがつ食べる癖に、成虫になるのはほんの一部という、なんとも収益の上がらない育ち方をする。
まあ、蜜柑はね、どこでも売っているからいいのよ。
葉っぱを取り扱う店はないから……。
話がそれたが、それでもしつこく、ストローと湯呑を持って愛猫に砂糖水を与えていたら、降りられなくなっていたはずの階段を、よろり、ふらりと降りて、今度はレモンの花咲く樹の下へ、へにゃあっとへたった。
もう、かまわれたくないのだ、と思ってわたくしは部屋へ帰った。
しかし脱水しているのは確かなので、病院へ連れて行く、と言う段になって、姿が見えない。
名前をさんざんよばって、家の周囲を探したが、見つからない。
……探す途中で物置から茶色い、エタノールの瓶を二つほど、見つけてしまったが、あれは何に使うのかな?
そして半ばあきらめ、ふと部屋に戻ると、
「ふにゃ~~……」
と確かに聞こえてくるではないか!
窓から見たら、隣の家の敷地に位置する、窓の下に腹をつけていた。
「ニャンコ!」
あわてて洗濯ネットを手に、庭へと回る。
柵へと手をさしいれ、やせ細った体を抱え込む。
ばかやろう。
さっさとネットに入れて、母をよび、病院へ向かった。
こんなわたくしは、なんだか男らしい気がしないでもない。
☆☆☆
同日。
もともと、素直でないのだが、正直者なので書いてしまう。
リアルタイムで何かを考えて動いていることが、ほとんどない。
物を言語的にはあまり、考えない。
そのかわり、その時の情景は目に焼き付いているから、あとから、どんどん言葉にしているが、見たまんま、感じたまんまではないことがある。
書いていてつい、字面が滑ってしまう。
ままあることだ。
心では愛おしい、どうしようもなく心配したし、安心した、そう書けばいいところを
「ばかやろう。」
で済ませてしまう、このセンスが少女向けの作風ではもはやない。
いろいろな想いが錯綜すると、面倒になる。
それで、わたくしの頭の中はてんやわんやで、つい、てやんでい語になってしまう、とこういうわけである。
わたくしは感性の人なのだなあ。
字よりも先に絵を描いていたからなア……って、たいていの人はそうである。
じゃがいもみたいな丸に針金のように四本線を引いて、顔に直接足の着いた頭足人を描く……わたくしは、初めて描いた父の顔を額縁に入れて十何年と飾られていたのでしっかり覚えているし、その時の作画意図もすらすら言える。
「お父さんが、お風呂で頭の上にタオルを乗せて、ババンババンバンバン♪ と歌ってるところ」
画面中にでっかい丸の上に確かに小さく四角い何かが乗っている。
針金は四角いものに伸びてるし、足は胡坐をかいてるらしい。
湯船は描いていない。
まるでピカソ!
父親の影響がばっちり出ている。
ところで、わたくしは母を呼ぶより先に、父のことを「パパ」と呼んだそうだ。
まあ、休みのたびに負ぶい紐で結わかれて、その背中で洗濯物を干してる姿を見えてはいまいが、感じてきたはずなので、そのようになったのだろう。
多少、荒っぽく扱われて育ったが、実は今でも「姫」と呼ばれて暮らしている。
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