第10話 学園祭顛末記

怜悧と岡崎の衝撃のシーンに息を飲んだ次の日。

 学校近くの歩行者用通路になっている商店街をぐるっと回って校庭に帰ってくるのが前夜祭の行灯行列。

 で、例によって、最上級生の石つぶて攻撃で、一年、二年で生き残った行灯はわずかだった。

 中には石つぶて攻撃が過激すぎて燃えちゃう行灯まで出る始末。引率の先生が汗だくで制止する。

 まあ、これもいつもの姿なのだそうだ。

 全ての行灯は校庭のキャンプファイヤーで燃やされ、伝統の西高学園祭は幕を開けた。


 中学の頃からこういう団体行事にはほとんど参加したことがなかった。興味がなかったのだけれど、今回は怜悧がクラスの出し物であるおでん屋さんでなぜかコスプレ・メイドなんかやってるもんだから、仕方なく僕も付き合った。

 特に委員長の岡崎の人使いの荒さは酷いもので、僕は調理実習室で作ったおでん種をクラスに運ぶ仕事を割り当てられ、てんやわんやの一日を送った。


 我がクラスの六人のメイドの人気はすさまじくどんどん教室に入りきらない主に本校と他校の男子生徒なのだけれど、整理券まで配る始末。おでんなんてそっちのけであったのだ。

 怜悧と岡崎がメイド人気を二分したのは言うまでもない特記事項だ。決して禁則事項などではない。

 このメイド人気に調子に乗った副委員長の田所が一回百円の写メコーナーなんか作るものだから我がクラスの「コスプレ・メイドおでん屋」は終日大賑わい。

 怜悧なんて写メの順番に行列ができるくらい。そっちに忙殺されてウエイトレスらしいことなんて何もできず、もちろん写メ人気の二番手はコスプレに目覚めた我がクラスの委員長、岡崎めぐるであった。


 夕方から雨にたたられ、出店も早仕舞いし、必然的に客は講堂に集まってきた。

 クラブ単位やクラス有志の演劇、「マクベス」「ロミオとジュリエット」「ベニスの商人」シェークスピアの三大噺(うちの学校は演劇がけっこう強いのだ)、合唱、吹奏楽部、ロックやヒップホップのライブ演奏、ダンス・パフォーマンスなどなどが行われ、それなりに盛り上がったのだけれど、最後にひと段落した我がクラスのメイド六人がサプライズで登場した時が一番盛り上がったんじゃないかな。

 あまりの客の多さに全校中の噂になっていたのだ。特に怜悧の人気がすさまじかったことをここに記しておこう。

 もちろん、そのセッティングのリクエストを出したのはなにを隠そう怜悧の彼氏を自認する生徒会副部長、倖田啓介であったのはいうまでもない。


 こうして怒涛の文化祭は過ぎていったのだった。


 いつもの校舎屋上。例によって僕の唯一の憩いの場。教室の後片付けもひと段落。

すでに九時を回っていた。校舎に残っているのは恐らく数えるほどだろう。

学園祭の期間は下校時間についてもけっこう緩い。

いるのは三人、僕と怜悧と岡崎。

怜悧も岡崎も制服姿に戻っていた。いつまでもシンデレラじゃいられない。

 馬車はとっくにかぼちゃになり、白馬はねずみになる。そんなものだ、ただ一つ、怜悧も岡崎も可愛い姿でここに存在してるってこと。それだけは絶対に変わらない。


 「ふー、こんなに学校の行事に参加してこき使われたのなんて始めてだよ」ため息交じりの僕。

 東京でもこんなに星が見えることに三人ともなんとなく感動していた。怒涛の文化祭の疲れもあったし。

「感謝してるよ、相川君。大活躍だったものね」岡崎の笑顔、なんとなく癒される僕であった。

それを聞いた怜悧は嘲笑気味な笑いを浮かべてる。

 さきほどから岡崎は怜悧と手を繋いだままだ。僕の前では憚る様子はない。

僕がいなければ怜悧といちゃいちゃしてたかもしれない、そんな素振り。

岡崎は怜悧に夢中な様子。あんまり油断してるとクラスのみんなにバレちゃうぞ……いくらか嫉妬を覚える僕。

……うん? これも怜悧の策略なのかな? なにを企んでるの怜悧?

 岡崎は怜悧に告白したこと僕に話してると思ってるかもしれないけれど、僕はもちろん聞いてない。

怜悧は必要なこと以外プライベートは話さないんだよ、絶対にね。そういう子なんだよ、怜悧は……。

 僕はね、偶然見ちゃっただけ。あの光景をね、息が詰まるほどの美しい姿。月光に照らし出された二人の重なった影をね……。


 「おっ!? こんなとこにいたんだね君たち」イケメン、長身、痩躯、三拍子揃った倖田啓介登場。

「あらっ! 倖田先輩。す、すいません。弓道部の行事になにも参加できなくて……」

 一年生で弓道部の副部長を任された責任を痛感する岡崎。

「全然! 僕も園祭の生徒会行事に忙殺されてね。まあ本校で最も伝統のある部だからね、僕などいなくても全く支障はないさ」

「……わたしも弓道部なのに、なんだかメイド・コスに浮かれちゃって。なにもお手伝いできなくてごめんない、先輩」

珍しくしおらしい怜悧だった。

 「いや、そんなこと。最後に登場した君たちであの盛り上がり。先生たちも言ってたけれど本校文化祭最高の盛況だったらしいよ。とりあえず学祭は大成功だったしね。生徒会からもお礼を言わなきゃね……」


 ええと、倖田啓介は相変わらず僕を無視してる。先輩、そんなに敵視しないでください。怜悧と恋人として付き合える先輩をある意味僕は尊敬し、認めてるんですからね。


 「あら!? 花火!」

怜悧がはしゃいだ声を上げる。

 六尺球が夜空に大輪の華を咲かす。何発も打ち上げられる花火を暫く無言で見つめていた。

ふと横を見ると怜悧の瞳とかちあった。その横には岡崎の瞳……岡崎の左手はしっかりと怜悧と繋がっていた。もちろん僕の腕は怜悧の右手をしっかり掴んでる。


 怜悧が倖田に目配せした。

背後から長身の倖田が怜悧の肩に手を置いた。

 怜悧の身体がびくっと反応する。怜悧が倖田にキスをせがんだのだ。

岡崎を見た。複雑な表情……花火に照らされたその横顔がなにを考えているのか僕には分からない。

でも、この状況にさして驚かないってことは全部怜悧から聞いているのかもしれない。倖田との関係も僕との関係もだ。


 倖田と離れた唇が間髪を置かず岡崎の唇と重なる。岡崎が一瞬ためらうけれど、怜悧の唇を受け入れる。

倖田の驚いた顔、でも、それもすぐ消える。倖田も怜悧が普通じゃないってことが分かってるから。

「先輩、内緒よ。ばらしたら軽蔑するから、岡崎さんの名誉を汚したらただじゃ済まないから……」

 先輩は無言。その無言は瞬時に全てを理解したとでも言ってるよう。


 最後に僕の腕を引き寄せる。花火は更に何発も天上で華麗なショーを続けていた。綺麗だった。それよりも美しかったのは怜悧、君だ。

 花火の瞬きに照らし出された怜悧の横顔、僕ら三人の思惑など意に関せず、自由に、自信に満ち溢れて、自分が信じたことを素直になんでも受け入れる怜悧の美しさは格別だった。

 僕らはいったいどこに行くんだろうね、怜悧。

 僕はこの二人を怜悧が選んだこと……よかったと思ってる。どんな関係が築けるのか皆目見当もつかないけれど……。

 この二人が僕たちの間に入っていったいこれからどうなるのか僕はワクワクしてるんだ。

嫉妬なんかしないよ。だって僕は君の忠実な犬なんだからね、愛犬でありたい。ただそれだけだ、今は……。


 天上には真夏の空を彩る大三角。デネブ、アルタイル、ベガが燦然と輝いていた。まるで僕らみたいに。

もちろんその中心にいるのは怜悧だった。


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