第7話 遠距離TEL SEX 怜悧は三千キロの彼方……

『やあ、元気? 千郷です。憶えてる? 怜悧の……』

『お、お兄さん!? どうしたんですか、怜悧になんかありました? 番号どこで?』

『怜悧の気まぐれさ。夏期講習ノート取っておいて欲しいって、番号はもちろん怜悧に聞いたんだよ』

『怜悧、講習こないからどうしたのかと思ってました。携帯も全然通じないんです』

『おとついから親父と一緒にね、香港行ってるんだ。もちろん父親はビジネスで、怜悧はそれにくっついていっちゃった。で、家にTELあってペニンシュラからね。ペニンシュラってのは怜悧が泊まってるホテルだけど、君が心配してるかも知れないからってさ』

 『はい……なんか、安心しました。気が抜けました』

 『ははは、なんかねすごく珍しいんだよ。こんなに長く彼氏として君がいてくれるなんてね。大体一ヶ月続かないからね。怜悧が愛想尽かすか、尽かされるか、どっちかだから』


 気が狂いそうだった。怜悧と連絡がつかないことが僕の心を掻き毟った。

なんだか、千郷さんからのTELで腑抜けになったみたいにその場にへたり込んだ。

 分かってみればどうってことないんだけれど、TELが繋がらないってだけで、ドキドキ・イライラしっぱなしだった。

 怜悧の身勝手に振り回されてばかりいる僕……。


 日本との時差は一時間。遊び回ってるから遅くならないとホテルに戻らないというので、深夜にTELすることにした。


 声だけでも聴きたかった。千郷さんから教えてもらったペニンシュラのTEL番号と部屋番号を再度確認した。

 『はい、KDDIオペレーターの山岸でございます。ご用件をどうぞ……』

『す、すいません。えーと、香港に国際通話したいんですが……はい? はい、ホテルですペニンシュラ、番号はXXXXXXXXXXXX部屋番号はXXXXです。はい? はい、直接部屋にお願いします』

 呼び出し音がする……繋がらない。遠い……日本から三千キロ……『相手様がお出になりました。どうぞ』


 『もしもし、怜悧?』

『……環? どうしたの、こんな時間に?』

『だって千郷さんが怜悧は遊びまわっててホテルに帰るの遅いからって……』

『で、用件はなに……眠いの……』

『酷いよ! 酷い……黙って勝手に香港なんかいっちゃって、声だけでも聴きたくてTELしたのに……怜悧にはついていけない。自分勝手過ぎる、振り回されてばっかりだ』

『それで?』

『それでって、なんだよ?』

『どうせ面と向かっては言えないんだから、私への日頃の鬱憤、恨み、つらみ、全部吐き出しちゃいなさいよ環』

 『なんで一言くらい声かけてくれないんだよ!……好きなんだよ! 大好きなんだよ! なんで怜悧は好きになってくれないんだよ! 僕が思ってるくらい好きになってよ!』

 『だから、可愛そうだと思って兄貴にTELしてもらったでしょ! なんか文句あるの?』

 長い、長い、沈黙……。

『……あのね、正直言うとね、いつもみたいに楽しくないの香港。次の日にはね、わたしも環に会いたくて、会いたくて、しょうがなかったの……』

『ええ!? ほんとに!』

『ふふふ、なんてこと言ってもらいたかったの? 可愛いいやつ』

 酷い、最低なやつだ。人の心を弄ぶことにしか興味がないのか、こいつ!?

『なに黙ってるの。いじけたの? 犬なんだから飼い主になつきなさいよ』

 『そんなに僕を虐めて楽しいの? 先輩みたいに僕を扱ってよ!』

『……啓介は普通だもん。環みたいな、どがつくくらいのヘンタイじゃないしね、そんな普通な関係……環、望んでるの? わたしはいらないわ! そんな関係なら環をえ・ら・ば・な・い』

 区切った言葉にどんな意味があるのか僕には分からなかったけれど、怜悧に選ばれたことだけは確からしかった。

 『いっていいよ今日は……』

 『えっ……? なに?』

 『したいんでしょ、違う? していいって言ってるのよ。ご主人様が許してるの……』

 僕は電気の消えた薄暗い居間で受話器を握り締めていた。右手がパンツの中だってことどうして怜悧に分かったんだろう?

 『パパはいないから、わたし一人よ。わたし一人にはこの部屋広すぎるし、なんだか大海に一人ぼっちで取り残された感じ。わたしも環を思ってる……さっきから濡れてきてるの。環の声、聴きながらね……』

 『そんなこと言われたらいっちゃうじゃんか……いつからしてたの?』

 『環のTELが来るずっと前から……うふう……』

 耳元には怜悧の吐息が渦巻いていた。僕の右手が、僕の意志とは無関係に動きを早める。

 『カーテン開けっぱなしなの。向こう岸のセントラルの夜景すごいのよ……まるで宝石箱ぶちまけた感じで ……環の声聴きながらオナってるってなんかステキ……うふうう』

 『いっちゃダメ! 先にいくなんて許さない! 怜悧! ダメだからね!』

 『うん……ふうう。前に、まっぱで抱きあったでしょ、あの時の環のあそこの感触、足を舐めてる環のこと 想像してるの……今、パンツ脱いだ。裸だよわたし……』

 吐息ともため息ともとれる怜悧の息遣いが激しくなってくる。受話器を握り締めたまま、目をつぶり、怜悧 の姿を想像する。右手が忙しない……怜悧が許してくれてるんだから……。

 『……ふう、いっちゃった。無言ってことは……環もいっちゃったの?』

 『……うん。もうふぬけになっちゃった。へたりこんじゃったよ、全身から力がぬけちゃった』

 『あさって帰るからね。それまでおとなしく待ってて。また好きなだけ虐めてあげるからね』


  電話は唐突に切れた。薄暗闇の居間で怜悧のことを思った。

 大好きな怜悧……普通の関係ってなんだろう。普通じゃない僕らの関係、ひとつだけ言えることは、身体の 結びつきじゃなくて、心で繋がってる。多分、恐らく、怜悧もそう思っていてくれることを僕は願ってる、 そういうことなんだと思うんだ。

 問題は僕が恋焦がれるほど怜悧が僕のことを思ってるかってこと。犬みたいに扱って虐めて楽しんでるだけなのかもしれないし……怜悧の場合、どこまでが本当でどこまでが遊びなんだか皆目見当がつかない。


 怜悧を愛している。深く、深く、愛している……こんな贋物だらけの不条理な世界で、

 それだけは真実だとごわごわのパンツのまま、考えていた。

  結局のところ、僕は怜悧の命令を待っている犬。お預けを喰らってる愛犬ってだけなのかもしれない。

 それでもいいと思う。だって愛がついてるんだもの……。


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