弐十五
「あれからもずっと鬱ぎ込んでいてな。仕事のない時はいつもあの場所で一人で居る。」逆登実が鷹勢に言った。
柔らかい木漏れ日が、太い枝の上で横たわっている武雲の顔を照らしていた。
「おいっ!!武雲っ!!」鷹勢が大声で呼びかけた。「いつまでそうしているんだっ!お前が大王にならないでいるから、宮京は争乱のただ中だぞ!」
「あぁっ?大王?」逆登美は見上げていた視線を鷹勢に移した。
「武雲っ!多くの人が傷つき、倒れ、そして命を落とした。」
「………」
「武雲っ!また鬼へびが現れた。新たな鬼へびだ。」
「いっ…」
逆登美が声を上げると同時に、武雲は枝の上でがばっと身を起こした。あまりにも激しく身を起こしたので、武雲は枝の上で均衡を崩し、枝から落ちてしまった。
「うわっ…おうっ…」
武雲は枝にぶつかりぶつかりしながら落ちていった。ぶつかる度にその枝を掴んで体を支えようとはするのだが、支えきることはできなかった。
「ぐっ…がっ…つっ…だっ……。」どさっ。
とうとう武雲は下まで落ちてきた。
「痛ててて…」声を出しながら武雲は立ち上がった。
「なかなか素早い降りっ振りだな。」逆登美が言った。
「武雲、新たな鬼へびが現れて、また宮を襲って来た。」
「いつのことだ。」
「最初に現れたのは六日前だ。そして昨日も現れた。」
「昨日……」
「ああ。どうも鬼へびは、俺の思うところ、この国をさんざんに乱そうとして現れているようなのだ。このままでは争乱は収まらぬ。さらに多くの人が命を落とすことになる。」
鷹勢はそう言うと背負ってきた剣を下ろし武雲に差し出した。武雲は黙ったまま身動きもせず差し出された天威神槌剣をじっと見つめた。そしてゆっくりと両手を伸ばして剣を手に取るとまた剣を見つめて動きを止めた。僅かな間、剣を見つめた武雲は、視線を鷹勢に移した。鷹勢と目を合わせた武雲はすっと振り向くと、何も言わず厩へと走っていった。天威神槌を背負い、胸元で鞘につけられた紐を結ぶ。鹿渡に戻ってきた時に乗ってきた馬に飛び乗った武雲は
鷹勢も武雲を追って自分の馬を繋いである村の出入り口に走った。逆登美も鷹勢の後を追って走る。
「おい待て鷹勢、待ってくれ。」
しかし鷹勢は足を止めない。
「どういうことだ?どうなっているんだ?教えてくれっ!」
「今はだめだ逆登実。急がねばならない。ことは急を要している。」
鷹勢も自分の馬に飛び乗ると、疾風のように駆けていった。
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