十壱

 二人は晴れ晴れとして東へと進んだ。野宿も苦にはならなかった。来るときとは心持ちが違った。毎日毎日着実に、鹿渡に近づいている。山路を抜け峠を越え、川を渡り森を進んだ。晴れやかな気持ちで馬を進めていた。

 しかし野盗・山賊の輩はそんなことはかまってくれない。山間やまあいの路を進んでいるときであった。その手の輩はだいたいこういった場所で襲ってくるものだ。鷹勢が小さく反応を示した。武雲もすぐに感じた。両側の草むらに誰かいる。何人かが這いつくばってこちらの様子を窺っている。先の方の木の上にも気配がする。おそらく弓矢を携えているだろう。馬を走らせたところで射かけられるだけだ。二人はその場で馬を止めて降りた。気づかれたと察した賊が草むらから姿を現した。なかなかの大人数だ。二十人以上はいる。しかし賊どもはまだ剣を抜いていなかった。陽の光を反射して気づかれてしまうのを避けたのであろう。賊どもは相手が二人きりだと高を括って剣を抜かず、柄に手を掛けたままじりじりと囲みを狭めてくる。鷹勢は剣を抜いた。武雲も剣を抜いて構えた。今の今まで眩しく晴れ渡っていた空に、どこからともなく雲が湧き出てきた。賊どもは二人から二尋あたりのところで止まった。

「剣と馬をおいていきな。」賊の中の一人が言った。

「断る。」鷹勢が応えた。

「ならば…」と賊が言いかけた瞬間。鷹勢は電光石火、その賊に斬りかかっていった。その賊は剣を一抓ひとつまも抜かぬうちに、鷹勢に切り倒された。その横にいた賊は剣を半分ほど抜いたまでであった。三人目、剣を抜き放ちはしたが、鷹勢の剣を受け止めることはできなかった。四人目、鷹勢の一撃を剣で受け止めはしたものの、鷹勢の二太刀目は体勢を立て直す間を与えず脇腹をえぐった。五人目はようやく剣を構えることができ、鷹勢に正対した。

 雲は次第に黒みを帯び、空を覆い尽くしていた。賊の中の一人が武雲に打ちかかってきた。相手は大上段から力まかせに打ち下ろしてくる。その一撃を武雲は、剣を横にして受け止める。「がっ」と音がして火花が散った。相手は武雲の剣を上から押さえつけるようにして剣に力を入れる。相手は武雲よりひとまわり体が大きい。前に出ていた武雲の右足が一歩下がり、相手の左足が一歩前に出る。武雲の体は蝦反りになって相手の剣を押さえているが、だんだんと押し込まれてくる。相手の剣の刃が額にくい込んできた。武雲の顔に一筋の血が流れ落ちる。その武雲に別の賊が後ろから近づいてきた。その男は大きく一歩踏み込みながら、武雲に向けて両手で握った剣を突き出した。間一髪、武雲はその切っ先を横に飛び退いてよける。勢い余ったその剣は武雲を押し込んでいた大男の胴を突き刺し抜いた。それと同時に大男の剣も、武雲の剣が突然なくなったために打ち下ろされ、突き刺してきた男の脳天を斬り下ろした。

 遠くに雷鳴が聞こえる。鷹勢は正対した賊に斬りかかっていった。相手がその剣を受け止める。鷹勢が二太刀目を打ち込むと今度はさっとよけた。かなりの体捌きだ。賊にしてはなかなかの腕である。そこへ別の賊が鷹勢に斬りかかる。鷹勢はその剣を受け止めて打ち返す。同時に二人を相手にして、さすがの鷹勢も苦戦を強いられる。防戦一方とまではならないが、打ち返した剣は悉く相手に受け止められるか、かわされてしまう。一方の振り下ろす剣を受け止める。打ち返す。かわされる。と別の一人が背後から斬りかかってくる。かわす。斬り返す。それの繰り返しだ。

 武雲が剣を振るう度に、雲が厚みを増してあたりをより暗くした。武雲の一太刀ごとに、雷鳴が近づいてくる。武雲も鷹勢と同じように複数の敵を同時に相手にして手こずっていた。鷹勢の修練のおかげで、武雲の腕は旅立った当初に比べると段違いに上がっていた。むろん鷹勢ほどではないにしろ、鷹勢の足手纏いになることはもうない。しかし今の状況では、武雲は鷹勢以上に追い込まれていた。相手の攻撃をかわすのに精一杯で、反撃はごくたまにしかできなかった。

 賊の一人が上段から打ち込んできた。鷹勢はその剣を強く弾き返す。その勢いで振り上げた剣を袈裟懸けに斬りおろす。と見せて、さっと体を反転させながら両の膝を深く折り曲げて低い姿勢となり、右手一本で持った剣を長く突き出した。ちょうどそこにもう一人の賊が斬り込んでくるところであった。

「んぐっ…」

 賊の腹に鷹勢の剣が突き刺さった。鷹勢はその剣を抜き払いながら横っ飛びに転がった。鷹勢のいたところにもう一方の賊の渾身の一撃が振り下ろされる。賊の剣は地面を打った。鷹勢は素早く立ち上がり、剣を振り下ろす。賊は鷹勢の剣を受け止めようと、右手一本で自分の剣を振り上げた。「がっ、ずざっ」鷹勢の剣は賊の剣を打ち落とし、そのまま賊を肩口から斬り下ろした。

 雷はもうすぐそばで鳴り響いている。武雲が賊どもの隙を見て取って反撃の剣を高く振り上げた。その瞬間、雷が武雲の剣に落ちた。鷹勢も賊どもも、周りにいた者すべての動きが止まった。

「うおぉうあぁあ!」

 雷電を剣に受けた武雲が、その剣を気合いもろとも振り下ろす。剣は空を切った。

 がごがごががーーん!

 武雲の剣の切っ先から雷電がほとばしり出て、前にいた三人の賊を撃った。雷に撃たれた男たちは三尋も吹き飛ばされて倒れたまま動かなかった。それを目にした賊どもも鷹勢も、そして武雲自身も驚きのあまり時が止まった。

「う…ううぅうぁあー………」我に返った賊どもが、恐怖の叫びを上げて逃げていった。

「これが…神剣天威神槌の力か。」鷹勢が言った。言葉は静かであったが、目は驚きの色に染まっていた。

 武雲は呆然と立っていたが、すぐに我に返って剣を鞘に収めた。鞘に収めると厚く垂れ込めていた黒雲がさあっと退いて、元の眩しい日差しが戻ってきた。

「なるほど、不思議な力を持った剣だ。」鷹勢が言った。

 武雲は声も出せず、鞘に収まった天威神槌剣を目の高さに掲げて、ただ見つめるだけであった。

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