六
宿禰の元を発ってから、初めて村に行き当たった。鹿渡と同じように空の堀と柵に囲まれていた。村の出入りの門に立って警護をしている男に、遠めから大きな声で鷹勢が呼びかけた。
「我らは旅の者ですが、お尋ねしたいことがあります。」
いきなり村のそばまで近寄って行ったのでは、警戒されて有無も言わさず追い返されるだけだ。村はどこでもよそ者を嫌う。勿論馬からは下りている。
「我らは『天威神槌』と呼ばれる剣を探して旅をしているのですが、何か知っていることはないでしょうか?」
「あ、ぁぁ。知らねぇな、そんな剣のことは。」
「村の長か長老も、ご存じないでしょうか。」
「どうだかなぁ。」
「訊いてみてはいただけませんか?」
「どれ、ちょっと待ってろや。」
そう言うとその男は、村の奥に向かって何か叫んだ。人の名のように武雲には聞こえた。少しすると、思ったとおり別の男が出入り門に近づいてきた。警護の男はあとから来た男に何事か言うと、門番をその男に任せて自分は村の中へと歩いていった。
暫くするとその男が、老人を伴って戻ってきた。
「いやあ、あんた達の話をしたら、おもしろそうだから会ってみたいと村長が言い出してよ。」
「それは、わざわざ有り難うございます。」
「でも村長は、あまの何とか言うその剣のことは知らんそうじゃ。」
「聞いたこともありませんか。」鷹勢が村長に尋ねた。
「ない。」長老はぶっきらぼうに答えた。「あんたらは、その剣を探しているのか。」
「はい。」
「何かあてはあるのかの?」
「西方のどこかにあるということだけです。」
「それだけかい?」
「はい。」
「そりゃあ、あてなど無いっちゅうことだあな。」
「はい、まぁ、そういうことです。」
「どこにあるのかもわからない剣を探して、旅をしておるのか。」
「はい。」
「そぉりゃあ大変じゃのお。」長老はばかばかしいと言った顔で言った。「近頃は山賊が多いから気をつけな。
「ご忠告を有り難うございます。」
大きな声を出し合って話は続いた。
「ところで村長殿。我らは今ここに雉を二羽持っております。」そう言って鷹勢は二羽の雉の首を掴んだ右手を高く掲げて見せた。
村があるのがわかったので、村に来る前に狩りをして獲ってきたのであった。
「この雉を、餅と取り替えてもらえませんでしょうか?」
鷹勢と武雲にとって、米は最も貴重な食料であった。鳥や獣は狩りをすれば手に入る。山菜はそこら中に生えている。しかし米だけは簡単には手に入らなかった。
「あぁ、いいとも。」
「有り難うございます。」
二羽の雉を持った武雲と餅を携えた村の男とが、お互いに前に進みあい、鷹勢のいるところと村の出入り門の中間あたりで雉と餅とを交換した。
「有り難うございました。」餅を持った武雲が戻ってきたところで、鷹勢がまた大きな声で言った。「村長殿、もう一つお尋ねしたいことがあるのです。」
「何かな?」
「この近くに神社はありませんか?」
武雲と鷹勢は神社を辿りながら、西への旅を続けていた。
「古くからのことを伝えているとすれば、それは古くからある神社だろう。ましてや天威神槌は神剣なのだから、神社ならばそれについて何か伝えているかも知れない。」
それが鷹勢の考えだった。そこで神社を辿りながらの西行となったのである。
どこの神社でも、こちらが怪しい者ではなさそうだとわかると、宮司は神の力を授かった剣を求めているという話しに興味を引かれて会ってくれた。
「ご免。我らは旅のものでありますが、お尋ねしたいことがあります。宮司殿にお会いしたい。」
拝殿で拝礼をすませてから、鷹勢は神社の本殿の横に並んで建っている
「いかなるご用事でございますか。」
「我らは旅の者でありますが、古くからの伝承について、この神社に何か伝わってはいないかお聞きしたいのですが。」
「古くからの伝承についてですか………。しばらくお待ち下さい。」
年若い神官は一度奥へと下がっていき、少しして今度はやや年長の神官が出てきた。
「古くからの伝承について聞きたいとのことですが、どのようなことをお聞きになりたいのでしょうか。」
「我々は神の力を持つという剣を探して旅をしている者です。その剣は『天威神槌』と呼ばれています。もしやこちらの神社に、その剣のことで何か伝わっていることはないかとお尋ねしてきました。」
神官は武雲と鷹勢をじろじろと見回しながら、鷹勢の答えを聞いていた。
「『天威神槌』ですか。」首を傾げながら神官が言う。「しばらくお待ちを。」
年長の神官もまた一度奥に下がり、しばらくしてまた出てきた。
「どうぞこちらへ、中へお入り下さい。」
通されるのは神職寮の広間である。そこにしばらく座っていると、奥から立派な身なりの神官が出てきた。
「わたしがここの宮司です。」
宮司は広間の上座にある宮司の座に座った。鷹勢は宮司に一礼をして口を開く。
「私は檜垣鷹勢と申します。こちらは武雲。旅の同行であります。」
武雲はもう一度宮司に礼をする。
「神の剣を探しているとか。」
「はい、『天威神槌』と呼ばれています。神の威力を持つそうです。」
「それを手に入れてどうしようと。」
「『鬼へび』というものをご存じでしょうか?」
「聞くだけは、聞いたことがありますが…、突然現れて宮を襲うという化け物。」
「その鬼へびを討ち倒そうと思っています。」
宮司は驚きの表情を浮かべる。
「これはまた剛毅なことを……」
「………」
「命を懸けねばできぬことだ。」
「心得ております。」
「何故に、鬼へびを討ち倒そうと?」
「この者は、」鷹勢は武雲に目をやりながら言った。「まだ赤子であった時に母親を鬼へびによって殺されました。さらにほかの家族とも離ればなれとなってしまい、それからは私が育ててきました。この者の母の仇を討つために、鬼へびを討ち倒したいのです。」
「そうであるか。」宮司はそう言って、それ以上は何も聞かなかった。
「しかし天威神槌について、まだ何の手掛かりもありません。こちらの神社の伝承に、天威神槌について語られていないかとお尋ねして来たのですが。」
「神剣についての話しは聞いたことはあるが、噂程度のもので詳しくは知りません。我が神社の伝承にも、残念ながら神剣については何も語られてはいません。」
「では神社の伝承に、何かそれと関係ありそうなものはないでしょうか。」
「うーーむ…思いあたらんなぁ。」
「どんな些細なことでも構わないのですが。」
「関係のありそうなことはまるでない。」
しかしどこの宮司も、鬼へびを倒すために天威神槌剣を探しているという話と、それが本気であるという様子を快く思い、食事と宿を提供してくれた。神社の食事は決して豪華なものではないが、日頃食べているものに比べたら雲泥の差であった。何よりも屋根の下で、そして横になって眠れるということがありがたかった。
普段は大抵野宿である。運良く小さな祠の中で眠ることができる夜も時たまあった。食事は山菜と、狩りをして獲った獣や鳥の干し肉と、たまたま行き当たることのできた村や尋ねていった神社で分けて貰った僅かばかりの餅というのが常であった。狩りを毎日していたのでは旅の進みが遅くなってしまうから、獲物は無駄にすることなく干し肉として携えていくのだ。
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