act.27 イッツ・ア・ショータイム!
その日も朝から、サーブ・グランチャーズは二日続きのお通夜のようだった。
ランセンを除く三人が、ものも言わずに頬杖とため息に暮れる。
「ネシェルがお姫様だったなんてな……」
もう何度となく繰り返した言葉を、ドラケンがまた口にした。
ヴィゲンは抜け殻のように、遠い空を見続けていた。
やにわにグリペンが口を開く。
「昨日ヴィゲンが言ってたグランチャーって、うちの親父さんのことなんだよね」
それにかすかに残っていたグランチャーとしてのヴィゲンの心が反応した。
「……知っていたのか、おまえ」
「その時のことを、昔、親父がよく言ってたよ。あの若造一人にやられたようなものだって。親父、すごく嘆いてたよ。思い返すたびに情けなくて、腹が立って涙が出てきたって。それで急に老け込んだようになっちゃってさ。自分の不甲斐なさに嫌気がさして、グランチャーをやめようかとまで考えてたんだよ」
「……」
「でも思いとどまったんだ。ヴィゲンがうちにきてくれたから。これで俺より強いセレブレーターはいなくなったって、親父の奴、喜んでた」
それに頷いたのはドラケンだった。
「決まったな」
「は……」
驚いたまま振り返るヴィゲンに、グリペンが笑いかける。
「いこうよ、ネシェルを助けに」
「グリペン……」
「だってさ、いかない理由がないじゃないか」
「そのとおりだ」
振り返った三人が驚きの顔のままで固まる。
そこには包帯をぐるぐる巻きにしたランセンの姿があったからだ。
「親父……」
「いいのか、もう……」
「ネシェルを助けにいくぞ。理由なんぞ必要ない。俺達はグランチャーだろう」
「そうこなくちゃよ」
自信に満ちた顔つきでヴィゲンが立ち上がった。
「何が何でも必ずネシェルを助け出すぞ!」
長時間のプログラムを経て、衆人環視の中、今まさに最後のリングの交換が行われようとしていた。
本人か否かを見極める鑑定人のチェックはすでに式前にすませてある。あとはショーを締めくくるための形式的なリングの交換だけだった。
ふいに、視線を落とすネシェルの横で、毒々しくもある正装に身を包んだホーネットが勝ち誇ったように笑い始める。
無造作にリングを指二本でつまみ、ネシェルの手を取ろうとした。
「さあ、どうした。早く手を出すんだ」
覚悟を決め、左手を差し出すネシェル。
それを見て、ホーネットは先より高らかに、そしてしごく満足そうに笑った。
「……何がそんなにおかしいのですか」
「いや、別におかしくて笑っているわけではない」いかにも愉快そうにホーネットが笑う。「あんなに嫌がっていた貴様が、すっかりおとなしくなってしまったのがおかしかっただけだ」
「!」
はっとなって顔を上げるネシェル。
その時だった。
「そいつは偽者だ!」
一斉に振り返る数千の視線の中、一人の男が最後部の扉から転がり込んできた。
その顔を間近で確認し、愕然となるミステール。
顔を腫らし、下着一枚の姿で現れたその男こそ、新郎ホーネットだったからである。
「私がトイレで用を足しているところを後ろから!」
思わず笑みをもらすファントムとラファル。
そしてすべての視線が集中するその終着点で、偽者の新郎はその汚れた衣装をばっさりと脱ぎ捨ててみせた。
「お待たせいたしました」
驚愕のネシェルを見つめ、ニヤリと笑う怪盗ダブルエックス。
「さあ、ともにまいりましょう。時の彼方まで」
ネシェルの手を取り、WXが祭壇の上から大イベント会場を見下ろす。
すべての視線からの注目を浴びるとともに、二人は放射状に散らばった無数の警備員達が輪をせばめるように集中してくるのを確認した。
不安げに見上げるネシェルとは対照的に、それらを見渡し不敵に笑う怪盗。
群がる捕獲者達の絶叫をまるでギャラリーの喝采のごとくに受け止め、丁寧で大仰な一礼の後、手榴弾のようなものを高々と掲げてみせた。
「!」
爆発の可能性を警戒し、一斉に歩を止めるセレブレーター達。
彼らは即座に客人らの安全確保に取りかかり、WXとネシェルを囲む輪は波紋状に幾重にも広がっていった。
それを満足げに見下ろし、WXが手に持ったスイッチのボタンを押す。
すると、ポスン、という控えめな音とともに、広大な会場のあらゆる個所から白煙が噴き上がった。
一瞬のうちにしまった、という顔に変貌するセレブレーター部隊。
「ガスだ。離れろ!」
「駄目だ、そこいら中から出ている。出入り口近辺からもだ」
「近寄るな。一旦部屋の中に戻れ!」
「おい、送風機の準備だ!」
「ラジャー!」
「おい、なるべく真ん中に寄れ!」
「バカめ、これしきのガスでこの広い会場を覆い尽くせるとでも思うたか!」
「あ、結構ヤバい感じだ!」
「うわあ、ちょっと待ってくれ!」
薄い薄い霧状の幕はあっという間に室内全体を取り囲み、パニックに陥る数千人の呼吸に侵入していった。
「……へっくし」
一人が小さなくしゃみをする。
群集達が不思議そうな顔を向ける間もなく、それを契機に伝染するようにくしゃみの波は拡散していった。
「へっくし!」
「へっくしょん!」
「くし! くし!」
「ぶしゃー!」
「これは……」何かに気づきかけた警備員の言葉が途切れる。そこから先は、くしゃみ地獄だった。「へっしょーん! へーっくしょーん! へ……」
場内割れんばかりの……、けたたましいばかりのくしゃみのスタンディング・オベーションだった。
四方八方からかけあいのように、はたまた輪唱のように、或いはウェーブを描くように、くしゃみの喝采が次から次へとたたみかける。
あっけにとられる警備員達には何もする手立てがなかった。
それを高い壇上から見渡し満足げに笑う怪盗は、まるでオーケストラの指揮者のように優雅に両腕を広げてみせた。
想定外の事態に目的を見失っていたエリート警備員達が、本来の最優先事項を思い出し、WXへと向き直る。
するとWXは掲げた片方の手をネシェルへと差し向けた。
「?」
差し出された面のようなものをネシェルが受け取る。
ガスマスクだった。
飛びかかる警備隊達にニヤリと笑い、WXは右手に掲げたスイッチのようなものを力任せに足もとへと叩きつけた。
途端に巻き起こる噴煙。
「うおっ!」
「ああ、目が痛い!」
「おまけに鼻もムズムズするぞ!」
「誰かティッシュを持ってないか!」
「へくしょい! へくしょい!」
「もう我慢できん! へっくしょい!」
「へくしょん! へくしょん!」
「ティッシュを、ティッシュをくれ!」
パニックに陥るエリート部隊達をステッキで蹴散らし、マスクを装着した男女が壇上から飛び降りた。
「へーしょい! へーしょい!」
涙にまみれくしゃみをし続けるミステールを横目で眺め、ラファルがゴーグルをかけ鼻をつまむ。
バルルルルル! という機械の作動音に振り返ると、愛・シールドを回転させガスを振り払うファントムの姿が目に映った。
「バハハハ! ダブルエックス、敗れたり! これしきのことなどはなから想定ずみであーる!」勝ち誇ったファントムの咆哮。「ヘイクショオーンッ!」
ファントムの行為はガスを無駄に拡散させていたにすぎなかった。
「ヘイクショオーンッ! こ、これはまた……、ヘイク、ヘイクショオーンッ! たまらんのである! ティ、ティッシュを! ヘイクショオーンオンオンオンッ!」
「ファントム様、それをやめてくだされ!」
「ヘイクショオーンッ! ヘイクショオーンッ! 誰かティッシュをーンッ!」
WXは途中何度もかく乱用のスモークとペッパーミストを使い分け、アタッカーからの追撃をかわしていた。
時にはネバネバ弾とツルツル弾も併用し、パニックにさらに拍車をかける。
過度な密集状態の中、統制のきかなくなった集団を翻弄するはたやすいことだった。
一メートル先すら見通せない濃霧の中、パニックに陥る人々の群れをかき分け、ネシェルの手を引いたWXが走り抜ける。
そしてラファルの目の前を通り過ぎていった。
WXに手を引かれるままに走るだけのネシェルは気づいていなかったが、その時二人は互いの気配を確認し合っていた。
目と目で挨拶を交わすように、同じ表情で二人がニヤリと笑ったのである。
「隊長、た、へっく!」自前のハンカチで涙を拭いながら、ミステールがラファルにしがみつく。「ダブルエックスを見失ったようです。へっくし! 早く手を、へっ、へっく!」
「慌てるな、ミステール」鼻から指を離し、ゴーグルを上げるラファル。「すでに手は講じてある」
「へ? ……へっく!」
「ヘイクショオーンッ! ヘイクショオーンッ! まったくなんであるか! 許さんのである、ダブルエックス! これはかたじけない」
「あ、私のハンケチを!」
「ぶび~!」
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