act.19 第一帝都ホテル
数百人のセレブレーター達が取り囲む中、クフィルら四人は両腕を後ろ手に縛られ、膝まづく格好で拘束されていた。
怪我を負い意識の定まらぬランセンをも引き立てようとしたステイト達に、ヴィゲンがいきり立つ。
「おい、やめろ、ランセンはケガをしているんだぞ!」
言い終わるのも待たずに、ステイトの一人がヴィゲンの背中をボールガンの柄で殴りつけた。
激しく地面へと叩きつけられ激痛にのた打ち回るヴィゲン。
やがて後から合流した車両から、一人の男が現れた。
ステイト・カンパニー社長、ホーネットだった。
降車するや間を置くことなく、ホーネットは一人一人舐めまわすように品定めをし始めた。
「こいつがランセンか」
意識のないランセンの髪をつかんで顔を上げ、ホーネットがいやらしく笑う。
続けてドラケンの品定めに移った。
「でかいな。面構えもいい。どうだ、うちにこないか」
「……」
グリペンの前まで来た時に、次のクフィルが小さな舌打ちして顔を伏せる。
と、その時。
「殺せ!」
突然のヴィゲンの叫び声に振り返るホーネット。
順番を飛ばしてクフィルの先の顔を確認し、ホーネットが、ほう、という表情になった。
「どこかで見たことがあるような顔だ。残念だが思い出せん」にやりと笑った。「心配しなくてもそのつもりだ。君達は見せしめのために捕まえたのだから」
「く!」
ぎりぎりと歯噛みするヴィゲン。
その憎悪をこの上もない喜びとして受け止め、ホーネットはどす黒い笑みをたたえてみせた。
「とは言っても、私達は弱き者の味方、祝福者セレブレーターだ。直接手を下すことはできない。しかし君達の罪状を事細かに中央政府に申し立てるだけでことは足りるはずだ。貴族の儀式を妨害することは重罪だからな」
「貴族?」
ヴィゲンを始め、要領をえないメンバーらの顔を見渡し、ホーネットが満足げに笑う。
「そう。君達は私とさる高貴な出自の人間との婚礼の儀を妨害しようとした。それが罪状だ」
ホーネットの言う意味がわからず、顔を見合わせるドラケン達。
クフィルは顔を下に向けたまま、何ごとかに気がついた様子で唇を噛みしめていた。
「たかだか旧家の儀式を妨害する程度ならば、重くても数年の服役で済むことだろう。だがそれが皇族の儀式ともなれば話は別だ。数十年、もしくは無期の懲役。最悪の場合は死罪もあり得る。それほどまでの重罪だということだ。君達の中で今にも死にかけている輩がいたとしても、まるで意に介されることもないだろう。覚悟したまえ。さあ、行こうか」
「ちょっと待て!」ヴィゲンが身を乗り出してホーネットに食らいつく。「俺達はどうなっても仕方がない。だがランセンは大ケガをしている。病院に運んでやってくれ。でないと……」
「今言ったばかりだろう。そんなことはほんの些細なことだと。どうしてもと望むのならば、今すぐ君達の息の根を止めたっていいんだぞ。きっと中央政府はこう言うことだろう。余計なお手数をおかけしました、どうもご苦労様でした、とな」
「貴様!」
飛びかかろうとしたヴィゲンを、周囲の隊員達が組み伏せる。
地に這いつくばってなおも憎悪の目を向けるヴィゲンを、ホーネットは快楽にまみれた表情で見下ろしていた。
「仕方がない。君だけは特別だ。今すぐ望みをかなえよう」
ヴィゲンから視線をはずさずに、ホーネットが部下達に合図を送ろうとしたその時だった。
「その人達に手を出さないで」
その声に全員が振り返った。
聞き覚えのある声の後から現れた人物の姿に、ヴィゲンらが釘づけになる。
ネシェルだった。
ネシェルは護送用の車両の後部ハッチからではなく、ホーネットを運んできたリムジンの後席から拘束されることもなく現れたのだった。
その薄汚れた作業服だけが妙に場違いに映った。
驚きに声も出ない仲間達とは対照的に、ホーネットだけはいやらしく笑う口もととともに、余裕たっぷりに振り返った。
「おまえには手を出さないと言った。だが彼らをこのまま帰すわけにはいかない。それとも何かそれに見合った提案でもあるというのか」
「……」
ネシェルがヴィゲンらを見回す。
苦しげにうめくランセンの姿が目に入ると、つらそうに顔をゆがめた。
「……従います」
ほう、という顔になるホーネット。
「それは婚礼の儀を全面的に承服するということか」
「はい」
「その言葉に嘘はないな。アイエア家王女、ラビ」
「はい。……誓います」
「とは言っても、王家の血筋ももはやおまえ一人だけだったな。はっはっは!」
満足そうに笑い、その場から離れていくホーネット。
「彼らを解放してやれ。一度だけだ。二度はないぞ」邪悪な笑みを浮かべつつ、ヴィゲンらに振り返った。「次に捕まえた時は、事故として処理する。心しておけ。はっはっは!」
高らかに笑い上げ、ホーネットがリムジンの中へと消えていく。
ヴィゲンらはおろか、失意のまま立ちつくすネシェルにすら目をくれることもなく。
ホーネットの後ろ姿を表情もなく見送り、ネシェルはヴィゲンらに振り返った。
「ランセンの様子は」
言葉をなくす面々の中、それに答えたのは口を一文字に結んだドラケンだった。
「今のところ無事だ。だがすぐにでもちゃんとした手当てを受けないと危険な状態だ」
「そう……」
力なく目線を落とし、仲間達の顔を一人一人見直すネシェル。
それは決別を意味するものだった。
「……おまえは、何者なんだ」
ヴィゲンの問いかけに、ネシェルが悲しそうに目を伏せた。
「黙っていて、ごめんなさい。今までありがとう。みんな、元気でね」
小さくそう告げ、ネシェルが仲間達のもとを去ろうとする。
その時だった。
「待て、ネシェル」
目の前までやって来たネシェルを、クフィルが呼び止めたのだった。
「この間の話、姉さんってのは嘘なんだな。あれは全部、おまえのことだったんだな。おまえが……、ラビ王女なのか」
ネシェルは立ち止まったものの、振り向くことなく、小さな声で一言それに答えるのだった。
「……ごめん」
顔を伏せ、ネシェルがそのまま通り過ぎようとした時、他の誰にも聞こえないほどのかすかな声でクフィルが何ごとかを告げる。
それに気づき、ネシェルが唇を震わせた。
ぐいと手の甲で目尻を拭って立ち去っていくネシェルを、クフィルはまばたきもせずに見守っていた。
護送先で車両から降り、ネシェルはその眩しさに目を細めた。
先さえ見通せないほどの広大な敷地に広がるマリンビュー。正面にそびえ立つは、最上階がまるで空に浮かぶかのように映える壮大な景観の高層ホテル。世界一とも評される国内随一の豪華ホテル、第一帝都ホテルだった。
見上げるネシェルの表情に変化はない。
隙をついて逃げ出すことは不可能だった。ここはグランチャーにとって悪名高き難攻不落の要塞、第一帝都ホテルの中心なのだから。
五百人とも千人とも噂される警備隊の間隙を縫って走り抜けるチャンスなど、まず訪れないだろう。
その心中を見透かすように、ホーネットが笑ってみせる。
「今すぐ挙式だ、と言いたいところだが、あいにく今日は大切な先約が入っている。残念だが明日にするとしよう。花嫁の気がかわらないうちにな」
「ネシェルさん……」
その声に振り返ると、ラファルがまばたきも忘れて立ちつくしていた。
ネシェルの細めた目の理由は、先とは別のものだった。
何も言わずにラファルを一度だけ眺め、ネシェルが顔をそむける。
それを見て、ホーネットが口もとをつり上げた。
「知り合いだったのか」
「……いえ」
いかにも不自然な様子のラファルにも、ホーネットはそれ以上の追求はしなかった。
「まあいい。花嫁を最上階の式場控え室へと連れて行き、その汚らしい衣装を早くとっぱらってしまえ。見ているだけで吐き気がする。明日までそこから出すなよ」
部下達が応じ、ネシェルをエスコートしていく。
それから驚きに声も出ないラファルに、ホーネットが振り返った。
「今のは……」
「明日の式が終われば社長婦人となる人間だ。よく顔を覚えておけ」ラファルが言い終わる前にホーネットが口を開く。「私の花嫁だ」
「……」
情報の整理がつかず、立ちつくすのみのラファル。
それを押しのけるように、一つの影がぬうっと現れた。
「なんという陰気な花嫁だ。目がどろんと淀み悲壮に満ちたその顔、もはや正視に耐えんのである。まさに不幸の花嫁というところか」
真っ黒なコートにサングラスの大男に目をやり、ホーネットがにやりとする。
「それもこれもダブルエックスのせいです。先日、彼奴が我々のもとに声明を出してきました。花嫁を奪いに現れると。彼女はその恐怖にすっかり怯えているのです。あのような格好をして、私に黙って遠くに身を隠すまでに。彼女の胸中は常に不安でいっぱいで、もはや眠ることもままならないほどです。私は何としてでも彼女の笑顔を取り戻したい。彼女には必ず幸福の花嫁になってほしいと、心から願っています」
「アイ、わかった!」
強く激しく言い放ち、男がラファルらに背を向ける。
建物の中に消えていくその姿を頼もしげに眺め、ホーネットがいやらしく笑いあげた。
「頼みますよ、ファントムさん」
すべての咀嚼はならなかったが、最低限の情報を理解しホーネットに顔を向けるラファル。
「社長。あんなことを言ってしまって、もしダブルエックスが現れなかったらどうするつもりですか。声明なんて一切ないのに」
「好都合ではないか。それも彼の功績だ。伝説のセレブレーター、ファントムに恐れをなしてダブルエックスが現れなかった。それでいい」
「ですが、それが彼の耳に入りでもしたら」
「そんなことは私の知ったことではない。その後でダブルエックスが我々の妨害をするようなことにでもなれば、また彼を呼べばいい。今度はファントムに恐れをなして、ダブルエックスが逃げているという噂を広めてな」
邪悪に醜くゆがむその顔を、ラファルは畏怖するように眺めることしかできなかった。
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