act.14 二人の嘘
ラファルの厳しい訓練にへとへとになりながら、二人の隊員が建物の陰にこっそり逃げ込んでいく。
かつてラファルの前で堂々と皮肉を口にした輩達だった。
彼らは常々訓練から抜け出し、見つからないように休息を取っていたのだった。
日陰の壁に背中からもたれて座り込み、ぐだ~っと足を広げてタバコをふかす。
うまそうに煙を吐き出し、二人はやれやれという様子で互いの顔を眺めた。
「やってられんな」
「まったくだ」
「しかし一番隊に配属されたおかげで給料が上がったのはありがたいな」
「ああ、なんとしてでもこの待遇だけは死守しないとな」
「そのためには嫌なこともガマンガマンだ」
「そうだな。つらいが耐えるしかないな」
「おい、今夜どうだ」
「いいな。飲みに行こう」
「残務整理をさっさとすませて、街へ繰り出そうぜ」
「なあに、そんなのこないだ入った新人に押しつけちまえばいいさ」
「それもそうだな。あのガチガチの奴なら、ちょろいからな」
「ああ、本気で花嫁の幸せを守りたいだとかぬかして」
「笑いをこらえるのに必死だったぜ」
「俺は笑ってしまったぜ」
顔を突き合わせていやらしく笑い合う。
それから二本目に火を点け、澄み渡る青空に向けて、ぶふ~と煙を吐き出した。
「それにしてもどんな手を使ったんだろうな」
「ん? ラファル坊ちゃんのことか」
「ああ。俺達より後から入ったくせに生意気な」
「コネだろ。腐ってもダッソー家だからな」
「それ以外に考えられんな。たいして実力があるわけでもないのに」
「偉そうに指図しやがって、いっぱしの隊長気取りだからな」
「くそ。俺達がいくら頑張ったって、二軍の隊長にすらなれっこないのにな。不公平だ」
「なあに、すぐにボロが出るさ」
「そうだな。どうせそのうち失敗するだろうな」
「まあ、おこぼれでここに配属されたわけだから、今は我慢するしかないがな」
「そこの二人」
二人がビクッと身を竦ませる。
声のした方向におそるおそる顔を向けると、そこには厳しい表情で見据えるラファルの姿があった。
「貴様と貴様、明日から来なくていい」
「……」
「……」
言葉もない二人が、あんぐりと口を開けながら、火の点いたタバコをポロリと落とした。
それに追い討ちをかけるラファル。
「クビだ。とっととここから出ていけ」
背中を丸め、すごすごと立ち去っていく二人。
微塵も揺るがないその姿勢に、ラファルのかたわらにいた部下の一人が心配そうな顔を差し向けた。
「少し厳しすぎるのでは……」
「何を言うか、ミステール」くわとラファルが振り返る。「ああいう連中がいるだけで集団の中に弛緩が広まり、甘えが生まれ、やがて全体を崩壊させるような綻びを作り出す。ダブルエックスがそこを見抜いて我らの虚をついてくる限り、警備に何万人使おうと同じことだ」
「はあ……」
「そのとおりでございます」
手揉みしながらごますりを始めた年配の平隊員を、ラファルが鬼の形相で睨みつけた。
「持ち場を離れるなと言っただろう、エタンダール。もたもたするな」
「はい!」
弾かれるように走り去っていく、エタンダール元主任。
その後ろ姿を、ミステールは困惑するように眺め続けていた。
何も言わずに部下達に背を向けて歩き出すラファル。
しばらく歩き、やにわに立ち止まった。
「……」はっとなって振り返るラファル。「待て、今の二人を呼び戻せ」
その話をネシェルから聞き、クフィルは眉をゆがめてみせた。
「北のエリアだと」
それに頷くネシェル。
「ノースロップとかいうセレブレーターが警備につくって。聞いたことない名前だけど、何か知らない?」
ふうむと考え込むクフィル。
「知らないな。聞いたことも、ない……」
どこか腑に落ちない様子のクフィルに、ネシェルが小さく息をつく。
「そう。フリーでやってるクフィルならそういうの詳しそうだから、聞いてみたんだけど。わかった、ありがと。……ステイトとは関係ないよね」
「いや、わからんが、何故だ」
「別に……。ただ何となく。そうだと面倒くさいかもって思って……」
「ノースロップ……。待てよ……」
「?」
不思議そうに覗き込むネシェルに、クフィルが取り繕った顔を向けた。
「いや、なんでもない。俺の勘違いだった。どこかで聞いたことがあったような気がしただけだ」
「そう……」
「俺よりも、いろいろ渡り歩いてきたおまえの方が詳しいんじゃないのか」
「北のエリアには行ったことないから。あまり式場もないし、グランチャーも評判悪そうだったし」
「確かにな。あっちのグランチャーはレベルが低いって有名だからな。それにしてもわざわざこんなところにまで依頼にくるとはな」
「それだけランセンが有名だってことでしょ。あまり有名なのも考えものだけれど」
「確かにな……」
クフィルがまた考えにふける。
妙だった。
良き協力者ナメルの情報収集は広範囲かつ正確なもので、国中の婚礼情報をくまなく網羅するものだった。
その中で忌まわしき婚礼の儀だけをピックアップし、クフィルへと報告するのである。
しかしそれほどの事情がありながら、今回の件はクフィルには何も告げられていなかった。
「クフィル?」
ネシェルに呼びかけられ、クフィルがはっとなった。
「ああ、すまん……」慌てて取り繕う。「あまり日にちがないからな。北のエリアまでどうやってルートを割り出そうか考えていた」
「そう。……ごめん」
「何故謝る」
するとネシェルはわずかに口を結び、顔をそむけながら続けた。
「口ではあれこれ言ってても、クフィルはそうやって私達のためにいろいろ考えてくれてるから。それを仲間じゃないとか言うのもどうかなって、ちょっとだけ思った。……一応、感謝はしてるから」
「何らしくないこと言ってんだ、おまえ。熱でもあるのか? ……ちょっとだけか?」
「うるさいな!」顔を真っ赤にして噛みつく。「すぐそういうことを言うから、……言いたくなかったの」
ぽかんとなり、すぐにおもしろそうに笑い出すクフィル。
それを見て、ネシェルが怒ったように口をへの字に曲げた。
「何よ。何がおかしいの」
「いや、別におかしくはないが」目尻から涙を滲ませて笑う。「おまえでもそういうこと言うんだなって思ったら、やたらとおかしくて」
「やっぱり、おかしいんじゃない!」またそっぽを向く。それから、少しだけ元気がなさそうに続けた。「たぶん、ここにはもう長くはいられないだろうから、本当のことを言っておこうと思っただけ」
ネシェルのカミングアウトを受け、クフィルの表情にかげりが浮かび上がる。
「親にバレたのか」
「違う。……親はいない。二人とも」
「そうか、すまん」
「別にいい。もうずっと前からだから」
「……」脳裏によぎる懸念を取り出した。「近いのか、姉さんの式」
神妙な様子のクフィルにたずねられ、ネシェルはやや口ごもりながら渋々それを話し始めた。
「いつでもできるように準備だけはしてあるみたい。でも私が帰るまで待ってくれている。妹が帰るまで待ってほしいって、相手の人に無理を言って。本当のことを言うと、私、逃げてきたんだ。少しでも式を先に伸ばすために」
「……」
「相手の人の家はすぐにでも婚礼の儀を行いたいから、必死になって私の居場所を探している。婚礼の儀は一族すべてが出席しないと成立しないから。引き伸ばしてるのもバレバレだし。だから、見つかりそうになると、そこから逃げてまた別の場所に身を隠す。ずっとそれの繰り返し。ずっと。でも、もう、いつまでもそんなことしていられないから……」
「……。おまえが出席しなくても儀式が成立する方法があるのを知っているのか」
「知ってるよ」
真剣な顔のクフィルを、同じ表情でネシェルが見つめ返す。
「私が本当にいなくなればいい。でも、私が出席しなければ婚約を破棄するという条件をお姉ちゃんがつけたから、それは成立しない。でなければ、とっくに私は彼らに殺されている」
「……」
平然とそう言い放つネシェルに毒気を抜かれ、クフィルがまた難しい顔になった。
「何故俺にそれを」
「嘘をついたから」
「?」
「このことはランセンにも言っていない。言ったのはクフィルにだけ。嘘をついたのも。嘘をつくくらいなら、何も言わない方がいい」
「だったら俺も嘘をついたぞ」
クフィルの告白にネシェルが振り向く。
クフィルはネシェルの顔をまじまじと眺め、にやりと笑ってみせた。
「もしおまえが本当に困っていて、必要としているのならば、彼はおまえ達を救いに現れるだろう。もちろん、それを望むのなら、だがな」
「何を……」
「ダブルエックスだ」
「!」
「どうしてもと言うのなら、俺が話をつけてもいい。こう見えても結構顔が広い方でな。簡単じゃないが何とかしてみせる。このことは他の誰も知らないし、言う気もない。おまえにだけだ」
「どうして私にそれを」
「おまえが本当のことを話してくれたからだ」
「……」
「信じられないのも仕方がない。普通なら詐欺師に金を持ち逃げされると思って信じないだろう」
「……お金、払うの……」
「彼が受け取ると思うのなら払えばいい。その気がなければ、今聞いたことはすべて忘れろ。全部俺の作り話だと思え。信じるか信じないかはおまえの自由だが、もし信じるのならば彼は必ず現れる。花嫁を助けるために。ダブルエックスはすべての花嫁の味方だからな」
「!……」
うつむき、何かを堪えるように震え出すネシェル。
クフィルは背中を向け、それ以上何も言おうとはしなかった。
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