act.13 最高のメンバー

 その依頼者の前で、ランセンは気難しい表情のまま腕組みを続けていた。

 しばしの熟考の後、目を開いて依頼者に頷いてみせる。

 すると依頼者は嬉しそうに目を輝かせ、ランセンの手を取った。

「ありがとうございます。心から感謝いたします」

 依頼者が去ってから、近寄るヴィゲンやドラケンらにことの次第を説明し始めた。

「次の日曜に、北のエリアで中規模の婚礼の儀が行われるそうだ。地元でも悪名高い金貸しの家が、旧家の娘を迎え入れることになっているらしい。バカ息子が一目ぼれした娘を奪おうと、狡猾な手段で彼らの権利を搾取したそうだ。彼女は自分の家を守るために、何の愛情も持たない家に嫁がなければならない。それより以前に決まっていた婚約を無理やり破棄されてな」

「嫌なら断ればいいだろ」ヴィゲンが不快そうな顔を向ける。「家守るためって言ってもよ、互いの利益がマッチしているわけでもないんだろ。そりゃ娘の方はすべて失うことになるだろうがよ。どっちみち妨害が成功すれば、両家とも落ちぶれるわけだし」

「それは違うぞヴィゲン」

「あ?」

「確かに婚礼の儀が失敗すれば、両家とも社会的に失墜することになる。結果的に彼女の家は多くのものをなくすことになるかもしれんが、今後新郎の家からの干渉はなくなる。だが事前に断れば、嫌がらせの果てに彼女の家だけがすべてを失う。男の家に何もかもを奪われ、奴隷のように支配されるんだ。それならば婚礼を受ける方がマシだろう」

「どっちにしろ目をつけられた時点で娘の家は手づまりになっていたわけかよ。力関係はどうやってもひっくり返らないからな。同じ脅迫にしろ、婚礼の儀式を通した方がまだ面目が立つってことか」

「ただ奪うだけより、男の家も世間的に認められる。かつての力がなくなったとはいえ、旧家の系譜に含まれれば、ただの資産家が国に対して発言力を持つことも可能だからな。ついでに旧家の方も安泰というわけだ」

「安泰じゃないから、俺達に依頼してきたんだろ」

「そうだな。さっきの代理人の話を信じれば、彼らはもともと自分達の家などどうなってもかまわないということらしい。だが代々続く家柄を国の承諾もなく放棄することは、立場上できない。それは今の法律に照らせば、国家への反逆とみなされても仕方がないからな」

「そんなことは、わかってる。そもそも今の法律自体が、力を持つ奴らが自分達の都合を好き勝手に解釈するための、矛盾だらけのものだってこともな。強引に権利を取り上げるのと同じことを、穏便に別の場所へと譲渡するのが、今の婚礼の儀の成り立ちだからな」

「そのやりたい放題のギャンブル的なリスクとして、儀式を滞りなく行えなかった一族は社会的な信頼を著しく失うことになる。何より不条理なのは、もともと落ちぶれていた旧家がやりたくもないギャンブルに無理やり巻き込まれた末に、取り返しのつかない損害をこうむることだ。それが今の制度の最大の欠陥であり、救いがたい闇の部分でもある」

「名実ともに失墜した一族とわかっていて、新たに婚礼の儀を求める物好きはいない。かかわれば自分達の首を絞めるだけだからな。それで元の婚約者が逃げてくってんなら、目も当てられんぞ。まあ、どのみちそいつはもともとそんなモンだったってことなんだろうがな。それでもいいから、娘を助けてくれってんだな」

「そうだ」重々しく頷くランセン。「こんなバカげたしきたりも、世界の情勢が落ち着けばいずれはなくなるだろう。現に今の時点で破綻し始めている。だが花嫁の不幸はそれを待ってはくれない。彼女達にも幸せになる権利があるんだ。俺達と同じように、平凡でもそれを求める人達がいる。そんなささやかな幸せくらい、俺は守ってやりたい。だから俺は……」

「わあった、わあった」何度もランセンから聞かされた鉄の信念を、ヴィゲンがゲップ顔で中断させる。「だがなんで俺達なんだ。北のエリアにだって、グランチャーはいるはずだろ」

「先日のトロイカ一斉検挙の一件もあって、近隣のグランチャー達がそろって尻込みを始めたせいらしい。ここのところのグランチャー狩りも徹底しているからな。自ら廃業したところもあると聞いた。何かが大きく動き始めているんだろうな」

「そういえばホーカー達の人間も何人か引っ張られたって話だな」握り締めた新聞を差し上げ、ドラケンが声を荒げる。「奴ら、しばらく身を潜めるってよ」

 それを受け、グリペンも困った顔をドラケンに向けた。

「ライトニングさんもマークされているみたいだよね。あの人、たまに顔出しでやっちゃってるから。こっちまで飛び火しないといいけど」

「俺はあいつに思い切り、ドラケンって叫ばれた。顔隠してる意味ないだろ。なんのための仮面だ」

「そんなこんなで困り果てて、はるばる俺達のところまでやってきたってわけか」

 ヴィゲンのまとめに、ランセンが、そうだ、と頷く。

 それを見た三人は、肩をすくめて互いの顔を見合わせた。

 もちろんそれだけの理由ではないことも彼らは知っていた。

 ランセンの名は業界では有名だからだ。

 セレブレーターの中にはランセンに敬意を持つ輩も少なからず存在し、ランセンが関わるもので明らかに儀にそむく依頼は受けない者達もいるという話すらある。

 ステイト以外は。

「セレブレーターはステイトか」

 ドラケンの疑問にランセンが答える。

「いや違うそうだ。確か、ノースロップとか言っていたな」

「ノースロップ? 聞いたことないな」

「ああ。新郎の家は筋金入りのケチらしくてな、安く雇えるところを引っ張ってきたということだ。まともなグランチャーが名乗りをあげてこないのも計算のうちなんだろう」

「なるほどな」

「評判もそれなりらしいが、頭数はまあまあってところだ。このタイミングだからな」

「なら、俺達だけでもなんとかなるよね」

「油断は禁物だぞ、グリペン」

 軽々しく口にしたグリペンを、ランセンが諌める。

「そんなことではいつか足もとをすくわれることになる」

「わかってるよ、親父」

 両手を上げて笑いながら降参したグリペンの頭を、ヴィゲンが上から押さえつけた。

「しっかりしろよ、二代目。おまえには俺達がジジイになるまで養ってもらわにゃならんからな」

「別に俺はこんなことずっと続けなくてもいいんだけどね」

「グリペン!」

「嘘だよ、親父。冗談つうじないな、ほんと」

 苦笑いのグリペンをヴィゲンとドラケンが笑い飛ばした。

 数こそ少ないものの、この最高のメンバーと仕事をともにできることを、彼らは誇りに思っていた。

「よし、準備だ!」

「おうよ!」



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