act.11 セレブレーターの誇り
ラファルは表情を崩すことなくその部屋の前に立ちノックをした。
「ミステール班、ラファルです」
「入れ……」
今にもこと切れそうな弱々しい声が聞こえ、入室と同時にその声の主が頭を抱えているのが飛び込んできた。
以前、彼の意見に聞く耳ももたず、門前払いした上司だった。
「私が何を言いたいのかわかっているな」
「はい」
呼び出された理由はわかっている。
「何故勝手に私兵を動かして、トロイカを一網打尽にした」
「グランチャーズは我々の敵です。彼らを根絶やしにするのは、我々セレブレーターの使命ですから」
「そうか、よくやった、大手柄だ。と言うとでも思ったのか」
「……いえ」
不敵なラファルに、上司がちらと目線だけを差し向ける。
「何故そんな勝手な真似をした!」
突然彼が机を激しく撃ちつける。表情は沸騰し、今にも爆発寸前というところだった。
それでもラファルは顔色一つ変えなかった。
何を言い返すつもりもなかった。ただ覚悟を差し出す用意だけはしていた。
と、その時。
「もういい、エタンダール」
後方からの声にラファルが振り返る。
そこに他の人間がいることに、ラファルはまったく気づかなかった。
背が高く、歳はラファルより一回りほど上に見える。高額のスーツをカミソリのように鋭く着こなし、オールバックの金髪に冷徹な笑みをたたえていた。
彼は口もとに含んだような笑いを見せながら、まばたきもせずにラファルの方へと近づいてきた。
「君がラファル君か。ダッソー家の」
何も返さず、ラファルが男の顔を見据える。
すると男は、ふん、と小さく鼻で笑って、ラファルに背中を向けた。
「君は、これだけの規模を誇るステイトが何故成り立っているのか、考えたことはあるのか」
「はい。自分なりに理解はしているつもりです」
ラファルの返事に頷いてみせる。
「トロイカとは事前協定があった。私達が彼らを見逃すかわりに、彼らも我々の領域に無闇に踏み込んでこないというものだ。我々が協定以外の妨害行為に干渉しないことで、トロイカの悪声を広めると同時に我々の需要を保つことにもつながる。理にかなっているだろう。それでお互いが成り立ち、存在意義をより明確にすることにもなるからだ。もちろん承知だろうな」
「はい」
「社長、そんなことを下っ端の人間の前で堂々と……」
「それでもトロイカを壊滅させたのだな。会社が不利益を被ることを承知で」
「はい」
「何故だ」
口もとを結ぶラファル。それから懐に手を忍ばせ、ゆるぎない信念を彼の前で露呈させた。
「それがセレブレーターの使命だからです」
「そうか」
そこで一旦言葉が途切れる。
空白を埋めるように、立ち上がった上司が手のひらをこすり合わせ始めた。
「とんでもない男です。これまではダッソー家の手前、大抵のことは見逃してきましたが、もう限界です。今すぐこの男を……」
「エタンダール」
「は……」
「君は降格だ」
「……は」
突然の死刑宣告に言葉もないエタンダール。
それに振り返ることもなく、社長と呼ばれた青年は、後ろで手を結びながらその理由を連ね始めた。
「一度ならず二度までもダブルエックスの前で醜態を晒し、我が社に恥をかかせた。これだけの失態を見逃すわけにはいかんな」
「……ですが社長、我々は指示どおりに……」
「指示どおりにしか動けんから、失敗を未然に防ぐことができんのだ」
「……」
「敵がいなければ攻められることもなくなる。この柔軟かつシンプルな彼の発想こそが、今の我々に必要なものだとは思わんのか」
「は、はあ……」
腑に落ちない様子のエタンダールを、氷のような視線で貫く青年社長。
「もう一度平社員からやり直せ。君にはこの部屋の責任を担う資格がないようだ。本来ならばクビくらいではすまぬところだが、先代から勤め上げた功績に免じてそれだけは許してやる。わかったら今すぐここから出ていけ」
ズバッと切り捨てられ、平社員となったエタンダールがすごすごと部屋から出ていく。
ラファルは何も言わずにその背中を見送っていた。
「功績か。奴ごときには不相応な言葉だ」
残されたラファルに歩み寄り、社長がラファルのスーツの襟元を正し始めた。
「いいスーツだ。かつての栄華から遠のいたとはいえ、さすが名家、ダッソー家の嫡男だな」懐から辞職願いと書かれた封筒を抜き取って目を合わせる。「君にここまでの覚悟があろうことなど、あの愚か者には考えも及ばぬのだろう」
「……」
「辞めてどうする気だ。セレブレーターの誇りまで失うつもりか」
「いえ、セレブレーターは辞めません」
「我々から離れて、この先もセレブレーターが続けられると思っているのか」
「続けます。たとえ一人でも」
「君は我が社の内情を知ってしまった。そんな人間を我々が放っておくとでも」
「それでも続けます。私はセレブレーターですから」
ふいに社長がにやりとする。
それから覚悟を決めたラファルの顔を熱く見つめ、両肩を横からぽんと叩いた。
「素晴らしい」
「……は」
「君にこの部屋の責任者になってもらいたいのだが、受けてもらえるな」
「……」戸惑いを隠せないラファル。それでも曲げられない信念だけは口にしなければならなかった。「よろしいのですか。私の目標は、すべてのグランチャーの根絶です」
「かまわんよ」
「……」
「すべての、と言ったな」
「はい」
「それはダブルエックスも含めてなのか」
「当然です」
意味ありげに笑って、社長が窓の外へと視線を差し向ける。
激しく差し込む陽射しは、その後ろ姿さえもラファルに認めさせなかった。
「いつかは改革が必要になると考えてはいた。願わくば、君の崇高な理念が我が社の新たな道を示すものとなることを期待する」
振り返り、ラファルに握手を求める。
「ステイト・カンパニー代表のホーネットだ。ともに頑張ろう」
陽の光を受けて影となったその顔が、ラファルには邪悪に微笑んだようにも見えた。
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