act.9  揺れる想い

 住処へと戻る帰路、ネシェルは一言も話そうともせずに車外へ顔を向け、暮れてゆく夕陽ばかりを眺めていた。

 ネシェルとクフィルはマスターらとともに事情聴取を受け、帰路に着く途中だった。

 あくまでも被害者、凶悪なグランチャーの検挙に協力したウェイトレスと、たまたま居合わせた善良なる客の一人としてである。

「まださっきの男が言ったことを気にしているのか」

 ラファルと別れてからネシェルの様子がおかしいことから、酔いもすっかり醒めたクフィルが声をかける。

 それに対するネシェルの返答は、顔も向けずに、別に、の一言だけだった。

 クフィルが、ふん、とため息をつく。

 いくら悪人とはいえ同業者を売り渡したような気がして、クフィルもあまりいい気はしていなかった。

 そこへきて、あのラファルの態度である。

 何があったのかは知らないが、彼がグランチャーのことを猛烈に憎んでいるだろうことは十二分に伝わってきた。

 彼の前で、自分達は他とは違うだなどとは、口が裂けても言えない。グランチャーである以上、いいも悪いもないのだから。

 ましてや相手がセレブレーターだというのなら論外だった。

 この二つは互いを敵対者とする位置付けの元に成り立っている。

 共存できるとすれば、それぞれの需要を確保するための必要悪としてのみという馬鹿げた理論にたどりついてしまうのだ。

 事実そういった話も少なくない。

 それらをすべて包括した存在が、今のステイト・カンパニーである。

 ステイト・カンパニーと共存できる巨大で危険な組織だけが生き残り、ランセンらのような弱小グランチャーズは自然と淘汰されていく、ゆがんだ図式だった。

 その見えざる協定において、ラファルの行為は異端以外の何ものでもなかった。

 ただ、そんな純粋なセレブレーターがまだいたことに、ネシェルは少なからずショックを受けていたのである。

「クフィル」

 ふいに話しかけられ、クフィルの反応が遅れる。

 ネシェルはいまだ窓の外を向いたままだった。

「なんで、グランチャーなんかになったの」

 棒読みの質問にちらと横目でその様子を確認するクフィル。

「言わないぞ」

「どうして」

「言ったら、またおまえが憎まれ口をたたくのがわかっているからだ」

「……ならいい」

「……」はあ、と憤りを吐き出す。「おまえはなんでなった」

「……」

「言いたくないなら言わなくていい」

「助けたい人がいるから」

 クフィルが驚きに目を見開く。

 横を向いたままのぶっきらぼうな一言だったが、それはネシェルがクフィルに対して初めて語った本音だった。

「誰を」

「……お姉ちゃん」

「おまえのか」

「うん。もうすぐお姉ちゃん、嫌いな人と結婚させられるんだ。だから助けてあげたいなって思って、それを頼めるようなグランチャーを探してまわってた」

「一緒に戦ってくれる仲間を探すためにか」

「別に仲間が欲しかったわけじゃない。裏切らない人間を集めようとしたら、自然とそうなっていただけ。いろんなところをちょっとずつ転々としてた。今みたいに一つの場所に長くとどまるのは初めて」

「最後にいきついたのが、ランセンのところだったってわけか」

「……。簡単には見つからないってわかってたけど、ランセンみたいな心を持った人は他のどこにもいなかった。ヴィゲンやドラケンやグリペンだって。全部褒められるようなところばかりでもないけれど、あの人達は本気で不幸な人達のことを心配して、助けたいって思ってる。その人達の苦しみや悲しみやを、自分自身や本当の家族のことのように思って。この人達ならいいなって思ってたけど、やっぱり頼むのをやめた」

「どうしてだ」

「きっと私が頼むと、何が何でもお姉ちゃんを救い出そうとするだろうから。たとえ自分達がどうなったとしても。この間だって、ダブルエックスが現れなかったら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。でもランセン達は逃げようとはしなかった。彼らの悲しみがわかりすぎるから。だから頼まない。……みんながいなくなるといやだから……」

 最後の言葉は小さくかすれて消えていった。

「何がなんだかわからなくなってきちゃったよ。さっきの人、グランチャーは許せないって言っていた。認めたくないけれど、何となくそうかもしれないなって気もした。式をぶち壊せばお姉ちゃんは助かる。だけどもっと多くの人達が迷惑するんだよね。だったら、お姉ちゃん一人が我慢していればその方がいいのかもしれない……」

「おまえもグランチャーなんだから、幸福の花嫁のことは知ってるよな」

 ふいに話題を振ってきたクフィルに、ネシェルの思考が反応する。

 その目線だけを差し向け、クフィルの笑顔を確認した。

「婚礼の儀式で幸福の花嫁を目にした人間は、みんな幸せになれるというあの伝説だ。定義自体が曖昧だから何をもって幸福だと決めつけるのか、はなはだ疑問ではあるがな。だが一つだけ何をしても覆らない絶対的な前提がある。それは花嫁本人が幸せでなければならないということだ」夕陽にまみれた笑顔をネシェルへと向ける。「助けろよ、姉さんを。そのためにおまえは強くなろうとしたんだろ」

「一人の力なんてたかが知れてるよ。ダブルエックスくらいになれば話は別だろうけどね」

「……」

「あ~あ、いっそのこと、ダブルエックスが助けに来てくれないかな。そしたら……」

「あんな卑怯者をあてにするなんて、おまえらしくもないな」

「卑怯者?」

「そうだ。おまえらを囮にして戦わせている間に、自分だけ安全な場所からおいしいところをかっさらっていくようなズルい奴だろ。信用できるかって。あんな奴、仲間ですらない俺と同じだろ」

「……そうだね」

 そう笑って、ネシェルがまた窓の外を眺め始める。

 その様子をクフィルは苦笑いしながら見つめた。

「そこは違うって言っておけよ……」

「……」

「俺の家、ちょいとばかし、いいとこだったらしいんだよな」

 ふいに語り出したクフィルに、ネシェルが顔を向けた。

 それを確認することなく、夕陽に顔を焼かれたクフィルがうっすら笑みをたたえて続けた。

「とは言っても、俺の名義上の父親ってのは、さんざん人に恨まれるようなことを繰り返して、力ずくでのし上がっていったような金の亡者だったんだがな。まあ、歓迎されない名士だったことは間違いない。そういうまがいものが名実ともに手にするには、何が手っ取り早いと思う」

「……旧家の豪族と手を結ぶこと」

「そうだ。それで目をつけられたのが、落ちぶれた名家の娘、お袋との婚姻だったというわけだ。互いの利害は一致している。親父にとっては自分がもっと上の世界でのし上がるため。お袋の一族は経済力で落ちぶれた名家を復興させるためって感じでな。当然両者の間に愛情なんてない。必要なのは、二つの家計を分断させないための絆として、俺を生み出すことだけだった。子孫を儲けるためだけに望まない結婚をし、愛のない男と形式だけのつながりを続けるお袋の苦しみは、相当なものだっただろう。親父は他に何人もの女を囲っていた。同じ家に住まわせて、それこそお袋以上の権限さえ与えていたようだ。虐げられ続け、そしてお袋は誰からの愛情も受けないまま死んでいった。その後すぐに俺は家を出た。そんな家に俺が残る理由がないからな。それに俺の命も危なかったしな」

「……どうして」

「お袋には、奴ではなく、心からの愛を誓いあった人間が他にもいた。それが俺の本当の父親だ」

「!」

「それを愛人達が嗅ぎつけた。俺の役目は産まれた時点ですでに終わっている。名家の血を引く人間がそこで産まれたという事実さえあれば、あとはどうでもいい。彼女らが自分達の息子を跡取りにするためにどうすればいいのか、考えるまでもないだろう。親父が死んだ後で愛人達の間で醜い跡目争いが起こり、結局その一族は崩壊したとも聞いた。ざまあみろって感じだが、今でも俺はその家の中にいることにでもなっているんだろうよ」

「……」

「そんなこんなで俺はもう何も取り戻せはしないが、おまえは違うだろ。まだ間に合う。姉さんを助けろ。後悔するのはおまえだけじゃない。後からそれを知ったら、ランセン達も間違いなく悔やむはずだ。それ以上に、おまえに信じてもらえなかった自分達の不甲斐なさを嘆くことだろう。それでもまだランセン達に頼むのが嫌だっていうのなら、俺に依頼しろ。金を払った分だけは働いてやる。仲間でもなんでもないんだから、何かあってもあとくされなしだろ」

「……」

「なんだ、その顔は」

「本当に信じてるの」

「何がだ」

「……もういい」

「?」





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