第2話「もし、その願いが叶ったら、あたしはゾンビだ」
昔の事を思い出している内に大分進んだようで、もう後ろに街の灯りは見えなくなっていた。
遊園地も既に通り過ぎている。
辺りは相変わらず何もない田んぼ地帯で、足元を照らすのはぼんやりとした月と、星の明かりだけだった。
流石に疲れてきたのか、彼はもう汗だくで、息もあがってきていた。
すると、道の向こうに農業用の小さな溜池が見えた。
「いやー。ごめん。流石に疲れたから、ちょっと休むよ」
そう言うと、その小さな溜池のほとりにあたしの死体を優しく降ろし、その隣にどっかと彼は座り込んだ。
あたしは死体なので、ごろんと仰向けに寝転がっている形になる。
しばらくすると、彼もあたしの横におずおずといった様子で並んで寝転がった。
二人の前には今にも吸い込まれそうな星空があった。
ぼんやりとした白い雲が、星空の端の方に広がっていて、まるで綿で出来た額縁のようで、そんな中、聞こえてくるのは、水の揺れる音と、風が草を撫でる音と、彼の息遣いだけだった。
どこまでも、どこまでも続くこの空を見ていると、まるで底の見えない大きな深い穴のように見えてきて、このまま落ちて行ってしまいそうだった。
その感覚は、死体になる前、病室の暗い天井を見ている時に感じたものと似ていた。
ただ、その時に感じた寂しさとか、そういったものは、何故かこの星空の下だと感じなかった。
星の光があるからだろうか。
もう、あたしは死体だからだろうか。
それとも。
今はこうして彼が隣に寝転んでいるからだろうか。
そんなことを考えていたら、今、彼がどんな顔で星空を眺めているのか見たくなった。
でも、死体のあたしには、ほんの少し顔を動かして彼の横顔を盗み見ることも出来ない。
元気だった頃は、
「あんたの顔も見飽きたなあ……。新しいパンとかと交換出来ないの、それ」
「ひどい!」
なんて冗談を言うほど、見ていたのに。
……どうして、今、見れないのかなあ。
そんな気持ちを知ってか知らずか。
彼は暢気に鼻歌を歌っていた。
しばらくそうやって彼の下手な鼻歌を聞いていたら、ふいに一筋の流れ星が流れた。
「流れ星だー! 願いごとした?」
そう言って、無邪気に彼があたしの顔を覗きこんでくる。
本当に楽しそうに。
……だからさ、あたし、もう死んでるんだってば。
それとも、ここで生き返りたい、生き返りたいって望めば、あの宇宙のゴミはあたしを起き上がらせてくれるのだろうか。
もし、その願いが叶ったら、あたしはゾンビだ。
いや、あたし的にはそれでも構わないんだけど。
でも、こいつお化けとか苦手だからな。
また、鼻水垂らして、泣き出すかもしれない。
そのくせ、あたしの死体なんて持ち出して、怖くなかったんだろうか。
「いやー。こうやって二人で星を眺めるのっていいねえ。青春って感じだー」
そんなことを暢気に言ってやがるし。
「さーって。もう少し休んだら、出発だー。海まで遠いなあ」
そう言って、彼はあたしに自分のパーカーを脱いで、被せてくれた。
あたしもパーカーを着ているから、何とも不恰好になる。
ただ、そのことに関して、彼はまったく気にしていないようだった。
昔からそんなに細かいことを気にするやつじゃなかった。そういう奴なのだ。
……でも、流石に死体を背負って海を目指すなんて、無理があるんじゃないかなあ。
確かに、あの夏の日、「海に連れてけ」なんて言ったけどさ。
ねえ、どうして、今更そこまでしてくれるの?
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