死霊使い

再開

 昨日の夜の出来事は健太にとって悪夢であった。

 いや、夢であればこんなに悩むことはないであろう。

 確かに蒼髪の少女の糸を断ち切った。

 胸の中に入れる感触は、沼に手を突っ込む感覚。

 糸を断ち切る感触は、ゴムを引き千切る感覚。

 まぎれもなく空想ではなく真実。

 その感触を思い出すたびに、胸が肉壁を叩いてきた。

 警察に自首しに行くのか悩んで現在、教室の自分の席に座っていた。

 健太は隣の空席を見る。

 御園の席だった。

 健太にこの事を相談できる人間などいなかった。

 だから事件の当事者である御園に相談するしかなかった。

 「・・・よう」

 「おい、女の子が挨拶してるのに無視はないだろう?」

 「えっ?」

 聞こえた方を見ると、慎二がそこに立っていた。

 「おはよう、前田君」

 健太は平静に見せようと挨拶をした。

 「慎二でいいよ、というか横の女の子が挨拶してんのに、何で挨拶返してやらないんだよ?」

 健太は御園の席を見ると、女子が座っていた。

 「おはよう、御そ・・・」

 健太は挨拶をしながら、横にいる御園に話しかけるが、顔を見て驚愕する。

 御園の席に座っているのは御園 春香ではなく、健太が二度と忘れることが出来ない顔だった。

 その席に座っているのは、蒼髪蒼眼が美しい女の子だった。

「おはよう、都筑君」

 昨日、まぎれもなく健太が殺した少女だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


蒼髪蒼眼の少女はクラスでは、スオウ・アルティミシアという名前で通っていた。

 クラスメートや担任は御園 春香など存在せず、まるで、スオウ・アルティミシアがここのクラスメートだったように接しかけていた。

 しかし、健太だけは覚えていた。

 何故、御園の存在が消え、スオウ・アルティミシアが平然とクラスにいるのか?

 何故、スオウ・アルティミシアは生きているのか?

 疑問が多かった。

 そんな事を考えていると、スオウが話しかけてきた。

 「放課後、屋上で話しませんか?」

 その言葉に健太は恐かった。

 スオウの事を無視して逃げようとも考えた。

 しかし、訳の分からない状況を知っているのは、当の本人であるスオウ・アルティミシアだけだった。

 健太は放課後、屋上に向かった。

 「来てくれましたか?」

 屋上に行くと、既にスオウ・アルティミシアが屋上の柵にもたれかかり健太が来るのを待っていた。

 スオウの蒼い瞳を合わせた瞬間、脈が上がっていくのが分かった。

 風が吹くたびにスオウの蒼いショートヘヤーの髪が靡き、夕焼けの空が屋上を異界の場所に見せ、その場所で笑顔を見せるスオウの顔が不気味に見えていた。

 「では、早速ではございますが、ご質問してもよろしいでしょうか?」

 沈黙が走ろうかと思った矢先、スオウが話しを切り出した。

 「ちょっと待て、俺だってお前に聞きたいことがある」

 「そうですか、いいでしょう。ではお互いの事をよくわかるように質問していきましょう。では私からでよろしいでしょうか?」

 この言葉に健太はうなずいた。

 そしてスオウ・アルティミシアは突如、真剣な顔になり、健太の目を直視した。

 「私の糸を断ち切った能力を手に入れたのは、10年前の事件からですか?」

 「なんでそれを知っているんだ!?お前は一体何なんだ?なんで死んでいないんだ?」

 その言葉に健太は動揺する。

 スオウ・アルティミシアは健太の事を熟知していた。

 それに『糸』の事を知っているスオウ・アルティミシアに嘘は通用しないと悟ってしまう。

 「質問の権利は私にあるんですよ、都筑 健太さん?質問に答えてください」

 睨みを利かすスオウの蒼い瞳は美しい反面、健太に恐怖を感じさせていた。

 「確かに、俺は十年前の事件以来、モノの寿命が分かる『糸』が見えるようになった。そして、その『糸』を断ち切ってモノを殺せるようになった・・・。その能力を使ってあんたを殺した・・・。それなのに、何でお前が生きているんだ!」

 「それはあなたに能力(ちから)があるように、私にもあるからですよ」

 「えっ?」

 するとスオウ・アルティミシアは両手で制服のスカートをピンと伸ばし、淑女の礼をする。

 「自己紹介が遅れました。私(わたくし)、《西洋魔術協会》に所属しております、スオウ・アルティミシアと申します。以後お見知りおきを」

 「西洋魔術協会?」

 聞きなれない言葉だった。

 健太は昨日のスオウ・アルティミシアの言動を見るに、過激派宗教団体みたいな類いのグループと感じ取ってしまう。

 そんな健太の心を読み取れたのか、スオウ・アルティミシアはまた笑顔になる。

 「別にツボを売ったりするやばい団体ではございませんので、ご安心ください。私達、西洋魔術協会は世界の平和維持の為に活動する団体なので」

 「何が平和維持だ」

 その言葉に健太の心に怒りが込み上げてくるのがわかった。

 「昨日の・・・えっと、御園 春香さんの件ですか?」

 そう言いながら、スオウはポケットから生徒手帳を取り出すと、開いてみる。

 「御園をどうしたんだ?」

 「ご安心ください。彼女は天に召したので」

 「殺したのか?」

 怒りが頂点に達した時、健太の顔付近に斬撃の迅風が通り抜けた。

 その風を起こしたのは、スオウが放った一本の短剣(ショートソード)だった。

 その短剣(ショートソード)は壁に突き刺さると即座に消えていった。

 「昨日は結界を張っていたんで油断していましたが、次はそう簡単に私の糸を断ち切らせませんよ。それに勘違いしないでください。彼女、御園 春香はすでに死んでいました」

 「どういうことだ?!」

 健太はスオウ・アルティミシアの言葉を信じられなかった。

 昨日までの御園 春香は誰だったのか?

 「言葉の通りですよ。この生徒手帳に書かれている御園 春香の住所は新渡戸市○○―△△―□□です。今この場所は空き家になっています。御園家は今から十五年前に引っ越したと聞いています。当時15歳の少女だった御園 春香が事故死した理由らしいです」

 「じゃあ、俺が知っている御園は何なんだよ!」

 「御園 春香は死霊。それに御園 春香みたいな死霊がこの街に数多くいます」

 説明をした時、スオウは健太の顔を見て不思議そうな顔をする。

 「あれ?『そんなもん信じられるか!』って言ってくると思いましたが、私の言葉を信じてくださるのですか?」

 「俺だって信じたくないさ・・・。でも学校に来たら、御園の存在が消え、みんな御園の代わりにお前をクラスメートだと信じ込んでるしさ。それにさっきの短剣(ショートソード)といい、どう考えてもおかしい事ばかりだ。だから信じるしかないだろ」

 それに健太は自分の能力(ちから)もあった。

 信じなかったら自分まで否定してしまう。

 だからこそ信じるしかなかった。

 健太の言葉にスオウ・アルティミシアはまた笑顔になる。

 「なら話しが早いです。また質問ごっこの続きをしましょう。都筑 健太さんはどこかの魔術支部に御在籍でしょうか?」

 「あいにく、そんなオカルト野郎なんてお前しか知らない」

 「そうですか、それは良かった。ではあなたには私のお仕事をお手伝いして頂きます」

 「なっ!?嫌に決まっているだろ!」

 やっと実家を離れて、この能力(ちから)を隠して普通の生活を送れると思っていた矢先、こんな訳の分からない奴の仕事を手伝うなんて嫌だった。

 健太は拒絶した。

 「ダメですよ。絶対に手伝ってもらいます。何故なら私はあなたに『責任』を取ってもらっていません」

 「責任?」

 スオウ・アルティミシアはまだ笑顔を見せ、言い放った。

 「私を殺した責任です」 

 











  

 

 

  

 

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