螺旋の世界

東雲

プロローグ

 目を覚ますと見慣れない天井が視覚に入った。

 都筑 健太は、ここがどこだか分からないでいたが、寝起きの頭がすっきりすると、ようやく思い出す。

 昨日から人口10万人が住む新渡戸市にアパート住まいをしていた。

 そして今日、新渡戸市にある高校に入学する予定だった。

 (はあ...だるいな)

 健太が転校初日に、そんな事を思うのには理由があった。

 眠っている時に、昔あった出来事が夢に出てきたのだ。

 その出来事は十年前に社会を騒がした事件だった。

 通称『儀式事件』。

 事件の概要は地元に住む大学三人が少年を誘拐するものだった。

 少年の両親が警察に捜索依頼をした一日後、少年は人里離れた林の廃屋小屋で保護された。

 ここまではよくある話だった。

 犯人である大学生三人は昔から西洋魔術に興味を持ち、その少年を西洋魔術の書物に出てくる儀式を再現したのだった。

 警官が駆けつけた時、その光景に息を呑んだ。

 廃屋の中はロウソクで周囲を照らされ、気絶している少年の周りには鶏の血で描かれた六芒星が描かれていた。

 しかも大学生三人は謎の死を遂げ、唯一の生き証人であった少年は気絶していた為、証言は得られず、事件は謎のままに終わった。

 その被害者の少年が健太であった。

 都筑家は地元でも有名な名家であり、世間体を気にした両親が健太を離したがり、健太が高校進学を口実に、遠くの場所に高校を入学した理由でもあった。

 最も健太は事件の後、都筑家では自分の居場所がないと思っていたこともあり、内心ほっとした感情があった。

 「ふあああ...」

 健太は軽く背伸びをした後、おもむろにテレビをつけながら支度を始める。

 支度中、たわいもないワイドショーの声を聞き流していたが、コメンテーターの言葉が気になった。

 『この新渡戸市は呪われているんじゃないでしょうか?』

 その言葉に興味を持ち、テレビを見る。

 《新渡戸市に起こる事故、猟奇殺人、相次ぐ事件》

 と、テレビの画面にそう書かれていた。

 (俺がこれから生活する場所は治安が物騒だな・・・)

 健太はそんな事を思いつつ、テレビのアナログ時計を見ると突如焦り出した。

 「やばっ、遅れる」

 健太のアパートから学校まで歩いて20分。今から行けばギリギリだった。

 健太は学ランを着ると、急いで部屋から出ていった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「それでは今日のSHR(ショートホームルーム)を終えます」

 女性の教員が檀上でそう言うと、新渡戸高1年3組の入学式が終わった。

 「入学式でも校長先生も言われていた通り、最近新渡戸市は物騒なことが起こっているので、速く家に帰ってくださいね」

 健太は教員の話しを聞き、朝、放送していたテレビの事を思い出す。

 猟奇殺人事件、謎の事故が相次ぐ新渡戸市。

 そのこともあり、登校中何台かのパトカーや警官とすれ違い、新渡戸市も警戒態勢に入っているのがわかった。

 そのこともあり、何より周囲には知り合いなどもいない。

 足早に家路に帰ろうと身支度を整えていると、後ろから声をかけられた。

 「都筑君だっけ?これから一緒に遊びに行かない?」

 その方を見ると、男女8人ばかりのグループが出来ていた。

 その一番前にいた、前田 慎二が健太に話しかけてきた。

 「俺と?」

 「そう、せっかく一緒のクラスになったんだしさ。親睦会もかねて遊びに行かない?」

 健太はあの事件以降、地元では『儀式』をかけられた少年として有名になり、健太に話しかける友達はいなかった。

 昨日から遠方に住んでから、あの事件を知っている人間はいないのだろうなと改めて感じられた。

 初めは戸惑いを覚えていたが、健太も元々はあの事件が起こる前は、毎日友達と遊んでいた。

 やはり同年代と仲良く遊びたいと常々そう感じていた。

 「俺も行ってもいいのか?」

 緊張がこもる声が慎二に聞こえると、慎二は笑顔を見せ、「モチロン」と言って返してくれた。

 健太は喜びを内に隠し、クラス仲間で遊びに行くことにした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 新渡戸市の中心は、健太のアパートがある北区とは違い、様々な娯楽施設があった。

 健太達は最初にハンバーガーを食べ、ボウリング場で遊び、カラオケをした。

 それが全て中心街で遊ぶことが出来た。

 中心街はその他にも、デパートや高層ビルが建ち、四車道の道路には車の渋滞が作られていた。

 この中心街は、新渡戸市の経済の象徴のようだった。

 「いやー、よく遊んだな」

 「始めて同士だからどうかなって思ったけど、案外楽しくなるんだね」

 そんな事を話しながら、健太たちは中心街を歩いていた。

 初めは内気になっていた健太だったが、時間が経つに連れ、素で楽しむことが出来た。

 はしゃぎながら中心街を歩いていた時、一人の女子が道で子猫が横たわっているのを見つけた。

 「衰弱しているみたいだね」

 「可哀想・・・」

 子猫は明らかに痩せ細り、ピクリとも動かない。

 皆、食べ物買いに行こうとか、病院に連れて行こうとか、様々な意見が飛び交っていたが、健太だけはこの状況に何も言わないでいた。

 正確には言えなかった。

 何故なら、子猫は絶対に助からないと確信していた。

 この世界のモノには寿命がある。

 人間や猫といった生物は勿論、椅子、机、大きなビル、この世に存在するあらゆるモノは、例外なくいずれは消滅する。

 健太はそう言ったモノ、いわゆる寿命を司る《糸》を視ることができた。

 その《糸》が視える様になったのは、あの『儀式事件』の後からだった。

 (ゴメンな・・・。俺には助ける事はできないんだ・・・。だから今、楽にしてやるからな)

 そう、心の中で子猫に語り出すと、相談している輪の中に入らず、健太は子猫の前に座り出す。

 そして子猫の淡く、白く、うっすらと輝くその《糸》を改めて確認すると、とても細く、短かった。

 「よくがんばったな・・・」

 健太はボソリと子猫に語り出すと、《糸》が伸びる胸に手を当てた。

 すると、その手が子猫の中に入り込む。

 健太は子猫の中に根付く《糸》を掴むと、その《糸》を断った。

 「とりあえず、病院に連れ・・・」

 「もう遅いよ」

 その提案を健太は言葉で遮った後、言いづらい言葉を発する。

 「もう、死んでるよ・・・」

 小さな命は、大きなビル群が映える都会の場所で息を引き取った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 健太は中心街にある小さな公園にいた。

 目的は子猫を埋める為だった。

 動物で、しかも死期が近いモノを断っただけだった。

 しかし理由はどうあれ、小さな命を殺した自分が赦せなかった。

 だからこそ責任を負うべく、子猫を埋葬していた。

 「無事に天国に行けるといいね」

 健太の横で御園 春香が悲しそうな顔をしながら話す。

 皆も行こうかと言っていたが、健太は懺悔の念からか一人で埋葬したかった。

 しかし春香は、健太の後をこっそりと追いかけ、今に至る。

 「・・・だといいけど」

 健太はそう言うと、すっと立ち上がる。

 「どこに行くの?」

 「コンビニ。子猫が食べられそうなものを買ってくる」 

 「私も行こうか?」

 「直ぐに帰ってくるさ」

 公園に向かう道中、近くにコンビニがあったのを確認していた。

 時間にして5分。

 直ぐに帰ってこれる距離だ。

 公園を後にし、考える時間が欲しかった。

 だから、健太はどうしても一人になりたかった。

 命を断つという事は覚悟がいるという事だ。

 健太は、この街で起きている猟奇殺人事件犯の気持ちなど微塵も共感できないでいた。

 初めてあの能力を使ったのは事件の後、検査の為に入った病院の部屋だった。

 病室の横にあった花瓶に入っていた花。

 その花から白い糸が映えていた。

 何だろう、初めは興味本位だった。

 その糸を引き抜いた直後、活き活きと育っている美しい花が枯れ果て、生気を失ったのは・・・。

 初めは夢だと思う事にした。

 だが、その《糸》が生活の一部となってしまっていた。

 ――神から賜ったモノなのか、悪魔の子になってしまったのか・・・。

 そう考えただけで、健太は恐くなっていた。

 この事を考えていると、コンビニに着いていた。

 コンビニの時計を見ると時刻は二十二時を回っていた。

 流石に女の子一人はまずい。

 健太は牛乳と食パンを買うと、公園へと急いで戻る。 

 公園が見えてきた場所で異変が起こった。

 「な、んだ、ここ・・・」

 健太はとてつもない恐怖感に駆られた。

 全身鳥肌が立ち、空気が重く、息苦しくなる。

 この先に行くと間違いなく災いが招く。

 健太の第六感がそう囁く。

 ――ココハ、キケンダ!

 誰かが忠告する声が頭の中で響いている気がした。

 健太は立ちくらみがし、電信柱にもたれかかる。

ふと、もたれかかった電信柱を見ると、はがきぐらいの大きさの紙が貼りつけられていた。

 「くそっ、こんな時に」

 紙に描かれていたのは六芒星。

 健太には忌まわしい儀式の象徴だった。

 「こんな物・・・」

 健太は脱力した身体だったが、紙に映える《糸》を断ち切った。

 断ち切るとその紙は粉々に破れていく。

 その直後、先程までの恐怖感が失っていった。

 ――どうなっているんだ?

 直後、悲鳴が上がる。

 考える暇などなかった。

 御園だ。

 健太は春香の安否が心配になり、急いで公園に向かった。

 公園の入り口まで来ると春香が恐怖に脅え、座り込んでいた。

 全身黒色のローブを纏った者が春香の眼前に迫っていた。

 その両手には西洋式の短剣(ショートソード)を握りしめ、春香に近づいていた。

 ――御園が危ない!

 ためらいなどなかった。

 刹那、健太はそいつに向かって走り出す。

 距離にして20メートル。

 「都筑君!」

 「うおおおおおお!」

 健太はそう叫ぶと、そいつの胸めがけて右手を伸ばす。

 「っつ・・・!」

 不意を突かれたそいつは、標的を春香から健太へと変え、短剣(ショートソード)を健太に斬りつける。

 しかし、刃物が健太を斬りつけるよりも健太の右手の方が速く、《糸》を断ち切った。

 その直後、ローブの者は糸を断ち切られた人形の様に地面に崩れ落ちた。

 「速く逃げろ!」

 「でもっ・・・!」

 「いいから・・・!」

 困惑する春香を怒鳴ると、春香は言われるがまま、ダッシュで公園から姿を消した。

 《糸》を断ったが、人間に使うのは初めての経験だった。

 生きているのでは、そう疑問を感じながら、健太は息を切らしながら、恐る恐るそいつに近づき、脈を確認する。

 ――脈がない・・・。

 顔を隠していたローブを脱がせ顔を確認する。

 「外人の女の子?」

 ローブで隠された顔立ちは、短髪の蒼髪蒼眼の少女だった。

 眼はくっきりと見開き、生気がまるでなかった。

 その眼は、とても綺麗で、とても恐ろしく感じた。

 健太は眼を直視すると、嗚咽感が襲い掛かった。

 「おぇぇ・・・!」

 自分が人を殺した・・・。

 小さな公園で大きな命が息を引き取った。

 



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