地獄極楽は心にあり
『地獄極楽は心にあり』とは、地獄や極楽はあの世に存在するわけではない。今現在この世に生きている人々の心の中に存在する。つまり、心の持ち方ひとつで、地獄にもなれば極楽にもなるのだということ。
心の持ち方といえば、私の場合、母がお手本です。
最近になって左の乳房に悪性の癌が見つかり、全摘手術をした母。十数年前は悪性リンパ腫にかかり九死に一生を得たのです。初めての癌ではないとはいえ、やはりショックでした。ただ、当の本人は「しこりには気づいてたのよね。抗がん剤治療だけは嫌なのよねぇ」とのんびりしていましたが。
今回は悪性ではあるけれど進行性ではないという診断でした。
全摘手術になるということで、乳房の再建手術はどうするのか訊ねると、彼女は電話の向こうで「うぅん」と唸っています。
「保険がきくっていうんだけど、元々ちっこい胸でないようなもんだし、もう用なしだしねぇ」
用なしってなんだ、母よ。
そのときはこれ以上病院にかかるのが嫌だという気持ちもあったようですが、全摘手術を終えて数日たってから「やっぱり受けようかな」と言い出しました。
「あれって、グラムいくらって感じなんですって。それでね、先生にどうせなら元のサイズに水増しして入れて、もう片方にも足してくださいよってお願いしたの」
母よ……用なしって言ってたくせに……。
グラムいくらって食肉じゃあるまいしと思わず笑ってしまいました。いや、笑うところではないんですが、彼女の言い方があまりにもあっけらかんとしていたのです。
そして同時期に私が出産のため入院していたことから、病院食の話になりました。今回お世話になった産婦人科のご飯は美味しいけれど足りない。というか、私がよく食べるほうなのです。そう言ったところ、母がこう言います。
「がんセンターで同室だった人がね、『私、ここのご飯食べれたもんじゃないから残すの』って言っていたのよ。だから私、『私は食べないと死んじゃうわ』って言ったの。だって、生きるために食べるものでしょ? 実際食べなきゃ力も出ないし、治るものも治らなくなっちゃうわよね。そしたらその人ね、次の日から完食するようになったんですって」
私ならがんセンターの入院患者を前にして『死』というワードは避けると思いますが、どうも彼女は直球なんですね。
実際自分が癌になったとしたら、怯えや不安といったものを感じさせず、胸を張って生きるために足掻くことを貫けるかなと思うと、自信がありません。
この母の場合、心の持ち方で命をつないできたような気がします。
どこかのほほんとして、おおらかで、肝が据わっているというか、彼女なりに怖かったり辛く苦しいこともあるのでしょうが、それを決して家族にも感じさせない芯の強さがあるところは、尊敬しています。
悪性リンパ腫を患ったときも思いましたが、彼女には一生かなわない気がしたのでした。
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