お山の大将俺一人

 『お山の大将俺一人』とは、小さな世界の中で「俺が一番偉いんだ」と得意げにふるまったり、威張ったりすること。


 『お山の大将』とは砂や土を持った小山の頂上を争って登り、頂上に立った者があとから登ってくる者を突き落とす子どもの遊びなんだそうです。

 私はそれよりも『俺一人』とあとに続くほうがびっくりです。知らなかった!


 北海道にいた頃、とある蕎麦屋で長いことアルバイトをしていたのですが、そこの店長がまさにそういう性格で、『お山の大将』と陰口をたたかれることがしばしばある人でした。


 自分の蕎麦打ちの腕に自信があるのはいいんです。そして実際に毎日きちんと丁寧な仕事をしているのも知っていました。

 けれど、それを鼻にかけて自慢したり、他の人を見下してしまう人だったのです。

 おまけにすごく短気で、忙しくなってキャパシティをこえたり、かんしゃくを起こすと営業中でも店内に響き渡るほどの罵声が飛ぶし、ひどいときには揚げたばかりの揚げ出し豆腐が飛んできたこともあります。さすがにそのときは「誰が片づけると思ってるんですか! もったいない!」と怒鳴り返しましたが。


 最初は怖いやら腹立たしいやら、ひどい人だと思いましたが、何年も一緒に仕事をしているうちに、根は善良で、面倒見がよく、ちょっとさびしがりなのもわかってきました。

 まるで娘のような年の私相手でも、正論を言われるとシュンとしてしまう可愛いところもありました。それに、なんだかんだいって、とても面倒見がいいのです。

 私は最初こそしおらしくしていたのですが、そのうち堂々と理不尽なことには理不尽だと言えるようになったのも、彼の素直な面を知ったからではあります。


 それに、いいこともありました。店長が悪役をかってでるものですから、アルバイトたちの結束力がすごく強くなるのです。

 あれから十数年たっていますが、今でも当時の仲間とは、連絡を取り合っています。そして誰もが、あの頃の店長の『お山の大将俺一人』っぷりを懐かしそうに笑って話すのです。結局、みんな彼が店員さんたちを大事にしてくれたことはわかっていたのですね。


 あの仕事のおかげで、今書いている『にゃむらい菊千代』では蕎麦屋のシーンがリアルに書けそうです。

 なにより、彼のおかげで変に度胸はつきましたし、人の性格を見極めるには怒りに身を任せっぱなしではいけないことも学びました。

 どんな面にも善し悪しあるものですね。店長、元気かなぁ。

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