第17章 届かない愛〜君に片想い〜

 子供への愛情表現が拒否された悲しい出来事があったので、新たな犠牲者を生まないためにもお知らせしておこうかと思う。月齢が低いうちはこのようなことが起きるのだと周知していただけたら幸いである。


 

 あれはまだ生後2ヶ月くらいの時だったろうか。赤ん坊が大泣きしてなにをやっても泣きやまない時があった。オムツは綺麗、乳は吸わない、気温は適温、抱いてあやしてもダメ。ほとほと困り果てた私はふと、もしかしたら赤ん坊なりに何か不安で泣いているのかしらという考えに至った。


そうだ、今こそ母の愛を示して安心を与える時…!


大丈夫よーいい子ねーと、ありったけの笑顔と優しい声でそっと赤ん坊を抱きしめた次の瞬間。


ぎぃやああああ!!



 赤ん坊はより激しく泣きわめき、身をよじって拙い動きの手を最大限に使って母を拒否した。そこまで嫌がらなくてもと、切ない気持ちが胸いっぱいに広がる。笑顔が張り付いたままなすすべなく赤ん坊をそっと降ろし、クールダウンする私。愛で涙を止めることはできなかった。



 機嫌が悪くて余裕がなかったから拒否されたのだろう。自分をそう慰めて懲りずに私は後日再チャレンジした。抱っこであやしながら、ご機嫌な時を見計らってきゅっと抱きしめてみる。はーあったかくて幸せだなーと思いながら赤ん坊の顔を盗み見ると、ものすごく迷惑そうな顔をして明後日の方向を見、「ふっ!ふっ!」と必死に脱出を試みていた。

 おーぅ、ご迷惑をおかけしましたとそっと解放すると、明後日の方向を見たまま決して目を合わせてくれることはなかった。



 どうやら赤ん坊には「母に抱きつきたい」という欲求は未だなく、親しい仲でも程よい距離感を守ってほしいようだった。されるがまま、自発的行動皆無のくせに、距離判定は厳しい。



 それでも4ヶ月に入る頃には、抱っこした時に私の服や腕をきゅっと握ったりするようになったので、これはそろそろ愛を受け入れる体制が整ってきたか?と、再々チャレンジしてみた。今度はそこまで露骨な拒否はなかったものの、「やれやれ、なんなんですか」と言わんばかりの冷めた表情を浮かべられ、母と子の温度差がひどかった。まだ、距離感は大切にしたいようだ。がっつくと逃げられる。意中の女性を口説くには、忍耐が必要だ。子供と抱き合う美しい光景の実現は、意外と遠かった。



 あともう一点、実現が遠かったのは、頭なでなでである。かわいいねーやら、えらいねーやらこちらの感情が高まった時に、つい頭をなでたくなるのだが、全力で拒否される。喜ぶどころか大変に不機嫌になるのだ。我々の手から逃れると、「フーンムッ」と鼻息荒くブスッとする。徐々に手が使えるようになってくると、両手を駆使して大人の手を振り払う。


 まだ頭蓋骨に隙間があるので本能的に嫌な気持ちになるのかもしれないし、腕が頭に伸びてくるのが単純に怖いのかもしれない。


 いずれにしても、大人基準の愛情表現を行うと迷惑がられることがあるので、あちらさんの受け入れ態勢が整うまでは、押し付けない愛情が大事になってくる。程よい距離感を見極めつつ、理性で欲望を抑える。はじめは片想いであることを、忘れてはならない。

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