第16章 モヒカンと重力の戦い

 うちの子は産まれた時から頭頂部の毛だけが濃ゆかった。地肌は見えるものの全体的に髪は薄く生えていたのだが、正面から見ると、鋭くM字に禿げ上がった額の真ん中にだけ、こんもり砂鉄が集まっているような風貌だった。よりによって女の子なのに旦那のM字の生え際が遺伝してしまったのかと、少々しょっぱい気持ちになったのはここだけの話である。


 この頭頂部の毛、入院中は頭皮にしっとり張り付いていたのに、退院するのと同時期からふんわり空気を含んだように毛先が立ち上がってきて、まるで頭のてっぺんに剣山を乗せているような状態になった。


 それが1週間もしないうちにグングン伸びて地獄の針山になったかと思ったら、今度は1点目差して収束しはじめ「とんがり頭のキューピーちゃんスタイル」に進化した(ただし、両サイドの毛が見えているので、バーコード禿げの人のバーコード部分をむしり取って頭頂部に田植えしたような見た目で、可愛くはない)。


 不思議なことに、他と比べて頭頂部だけ毛の伸びが速く、なかなか密度の差が縮まらない。そしていったい何を目指しているのか、てっぺんの毛だけが重力に逆らって上へ上へとひたすらに伸び続けた。


 このままでは娘が国民的アニメの永沢くんになってしまう。将来を危惧し、お風呂で洗髪後なでつけてみたが、タオルドライ後にしぶとく立ち上がってくる。ならばと、ドライヤーでセッティングしてみても、形状記憶合金ばりに立ち上がるのを諦めない。帽子をかぶせてみても一時しのぎにしかすぎず、振り返れば立ち上がっている。モヒカンの完全勝利だった。




 やがて伸びた髪は燃え上がる炎の様相を呈し、彼女のアイデンティティを確立していった。初対面の人間には、「あらここだけ立ち上がっちゃって」と含み笑いされ、雨の日には「湿気のせいかしらね」と撫でつけられたりしたが、いつ何時でも常時この髪型なのである。寝癖や湿気でこうなったのではないのだから恐ろしい。なぜそんなに重力と戦うのか。その闘志は一体どこから来るのか。



 そんなトサカだが、生後2ヶ月に入ったあたりでついに反り返りはじめた。ようやく重力の影響を受け始めたのだ。ところがここからがしぶとかった。負けてたまるか勝負はまだこれからだとでも言うように、決して毛先は降りてこない。反り返ったままでまだまだ上へと伸び続けたのだ。

 


 3ヶ月になる頃には頭皮以外の毛も徐々に伸びてきて、あんなに鋭かったM字の生え際も、柔らかな曲線を描くようになった。しかし相変わらずのモヒカンぶり。


 そんなある日。育児疲れが出てイライラしがちだった私を見かねた旦那が、静かに台所へ移動した。なにやらコソコソ蠢いているなと思ったら、帰ってくるなりそっと顔の描かれた玉ねぎを差し出してきた。


あ、うちの子だ。


 頭ボルケーノな姿は、あまりに我が子と似すぎていた。暫く笑いが止まらずイライラした気持ちも吹き飛んでしまった。その日からうちの子の愛称は「玉ねぎ娘さん」になった。


 この玉ねぎ娘さん、あまりにひょうきんな髪型のせいで、なにをやっても面白い絵面になった。初対面の人との話題にも事欠かない。永沢くん危機では排除しようとしていたのに、すっかりその姿に愛着が湧いた頃に、友人から1つの悲しい情報が持ち込まれた。


「うちの子も赤ちゃんの時髪が立ってたけど、伸びてきたらいつの間にかぺったんこに寝ちゃったよ」


 分かってはいたものの、それを聞いた時の切なさは言葉にできない。旦那などは、寝てしまってもワックスでモヒカンにセットするなどと馬鹿なことを言っていたが、そのくらい、我々夫婦にモヒカンはなくてはならない存在となっていたのだ。


 このまま頭頂部だけ時が止まればいいのに。そんな願いもむなしく、毛は伸び続ける。やがて反り返っていた毛先はたまに二手に別れて頭から芽が出たような不思議な髪型になったり、毛先がくるんとカールし、北斎先生の波のように荒ぶったりし始めた。それでもしぶとくなかなか毛先は地肌につきはしなかったのだが、ついに長きにわたる重力との戦いも終わりの時を迎える。



 ある晩の風呂上がり、いつもならすぐ立ち上がってくるモヒカンが、ついに重力に屈した。根元にはまだ上を目指す意思が感じられたものの、毛先はだらんと力なく前に垂れ下がり、さながら一昔前のV系アイドルのような髪型になってしまい、非常にダサい。最近伸びてきたサイドの毛が、細いためにふわふわ散らかっていたのが、ダサさにさらに拍車をかける。


 わぁぁぁぁとあまりのダサさに慌ててモヒカンを助け起こしたものの、以前のような立ち上がりは見せてくれず、毛先は地面に向かってこうべを垂れる。ならいっそぺったんこにしようと撫でつけても、瀕死の根元が熱い闘志で立ち上がる。

 もういいんや、あんたはもう負けたんや、だからもう安らかに眠れといくら念じても、決して戦うのをやめてくれない。もう勝負はついたというのにとんでもない往生際の悪さである。



 モヒカンは今現在、まだしぶとく地球に挑み続けている。垂れてくる毛先を前ではなく、横にセットすれば、まだひょうきんで通るので今は静かにその戦いを見守っている。が、モヒカンには悪いが早く完全敗北しないかなぁと密かに願う今日この頃である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る