第13章 総員!裕次郎をフォローせよ

 うちの子は抱っこ紐で外出すると、とにかく男の子に間違われる。しかも皆確信をもった顔の断定口調で「男の子よね!」と声をかけてくる。抱っこ紐を使っていない時はそこまで間違われることはないので、どうやら顔立ちだけの問題ではないらしい。


 私なりに考察したのだが、抱っこひもに揺られていると眠くなってくる我が子は、大体けだるげに俯いている。人に話しかけられると目線だけそちらへやるのだが、その時の表情が、どうにも石原裕次郎を髣髴とさせるのだ。にわかに寄せられた眉、鋭い眼光、なぜか膨らませた小鼻、への字に引き結ばれた唇、俯いているせいでより肉厚になった頬。絶妙な仏頂面にあふれ出る貫禄。この上なく裕次郎。そこへ頭頂部だけモヒカン状に伸びた地肌の見える薄い頭髪が加われば、どこからどう見ても確かに男である。


 私は幸い、男の子に間違えられてもショックだとか悲しいだとかいう感情を抱かない人間だったので特に問題はなかったのだが、逆に間違えた人々はかなり焦ってうろたえる。なんだか気を遣わせて悪いので、外出時は意識してなるべく女の子らしい服を着せていた。しかしあまりにもフリフリの服を着せてしまうと、裕次郎の素因を持っているのだから「女装感」が出てしまいあまり似合わないので、程よいラインを見極めなければならないのに苦労した。


 安全牌はとにかく「ピンク」である。ところが薄いピンク程度では、隣の部屋のおじさんに「おお!かわいいね!男の子か!男の子よね!ん?男の子じゃないの?」と男の子連発されてしまったので、ある程度しっかりした色味は必要であることが分かった。


 そうはいっても吐いたり汗かいたりで着替えの回数が多い赤ん坊に、常に可愛い格好をさせて外出は厳しく、梅雨時に洗濯が間に合わず、おさがりで頂いた紺の星柄を着せて外出せざるをえなかった時には、やはり男の子に間違えられた。間違えたおばちゃんはひとしきりフォローを終えた後、赤ん坊に向かって「もっと女の子らしいかわいい服着せてもらいなさいねー」と語りかけていたが、「ですよねー分かってるんですけど今日は仕方なくてー」という言い訳が喉まで出かかったが、ぐっと堪えた。


 その話を旦那にしたところ、気を遣わせる事態が予想されるのに紺色着て外出したこっちが悪いのだから、お互いのためにそういう時は女の子だと訂正せずに男の子としてやり過ごしたらいいじゃんとアドバイスを受けた。



 確かにそれが楽な世渡り術であろうが、密かに皆がうちの裕次郎をどうフォローするのかを楽しんでいた私は、どんなに言いづらい状況下でも必ず「実は女の子なんです」と訂正した。



 ではここで皆の渾身のフォローの数々をお目にかけたいと思う。石原裕次郎の顔をした女の赤ん坊に、あなたならどう声をかけるか考えながら見ていただきたい。


●しっかりしたお顔ね

●凛々しい感じ

●小さいのにくっきりしてる

●賢そうなお顔してるわ

●色が白くて綺麗

●よく肥えて素晴らしい

●まあ男でも女でもどちらにしたって赤ん坊は可愛いから!


 最後のコメントは全力で男の子だと思っていた隣の部屋のおじさんのものだが、投げやりに見えて、実はこれに尽きる気がする。皆可愛いという思いは一緒で、いそいそと声をかけてきてくれるのだから、性別を間違われるのなんて些細なことである。着る服を工夫しても間違われてしまうのであれば、もう仕方のないのだからいっそ楽しんだもの勝ちである。当の裕次郎さんは気にも留めずに抱っこ紐の中で眠りにつこうとしている。実に平和で幸せな風景だ。必死にフォローしてくれる人には悪いが、しばらくはこのまま楽しませてもらおうと思っている。



 最後に一般的注意点として、明らかにこれは男だろ!と思う顔をしていても、うちの子のように実は女の子である可能性がゼロではないし、気にしているお母さんもいるかもしれないので、性別が知りたい場合、面倒な方はとりあえず赤ん坊には「女の子ですか」と言っておけば、たとえ違っても格段にフォローしやすいのでお勧めだ。うっかり男だと間違えた場合には、上記の先人たちの数々の素敵なフォローコメントを参考にしていただけたら役立つこと請け合いである。お試しあれ。

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