第10章 赤ん坊を無個性と思うな

 育児、しつけ、教育がいつの時代も難しいのは正解がないためである。各個人に合わせたやり方が必要になってくるし、同じ育て方をしてもその子の性格によってマザコンにもなるしヤンキーにもなりうる。一人一人がみんな違ってみんな良い、ナンバーワンではなくオンリーワンというのが近年の時流である。


 ところが生まれたばかりの赤ん坊にも、すでにしっかり個性があることを理解している人は意外に少ない気がする。


 ~がダメだからよく泣く、~が~だからちっとも寝ないのだ、などと赤ん坊の性格を無視して、困ったことがあるとすぐ外からの原因に結びついける人が結構いるものだ。そしてその原因にすぐ結びつけられてしまうのは、一番長時間赤ん坊と接している母親である。

 母親自身も私のやり方が悪いせいなのかしらと自問自答して悩んで落ち込んだりする。もちろん母親になって間もない場合はやり方に問題がある場合もあるかもしれない。しかしだいたいは「その子の性格」によるものであるところが大きいのだ。



 赤ん坊はただ泣くか飲むかの2パターンの行動しかできないのに、すでにここに個性が出てくるのだからすごい。とにかく抱っこをしていないとずっと泣いている子もいれば、放っておいても勝手に寝息をたてはじめる子もいる。「お母さんが心穏やかにリラックスして育児できていれば子供も安心してよく寝るようになるのよ」などと言う人もいるが、あくまでそれは幻想であると言わざるを得ない。リラックスしていようがしていなかろうが、泣く子は泣く。それはもうずっと泣くのだ。ずっと泣かれているのにリラックスして心穏やかになんていられない。逆に子供がすぐによく寝てくれるのならこっちだってリラックスして笑顔で育児が出来るのだ。


 同じ母親なのに兄弟姉妹で手のかかり具合は全く変わったりする。これはもう外的要因は関係ない。内的要因、つまり子供の性格が、育児の大変さを大きく左右するのだ。



 赤ん坊のうちは「多少神経が図太くて食欲レベルが並」という性質の子が断トツで育児は楽だと思う。繊細な子はすぐ起きてしまうし環境の変化に敏感で、こちらも神経を使う。一方図太目の神経の子は、何が起きてもマイペースに眠り続ける。

 食が細い子は心配になるし、逆に旺盛すぎても母乳であれば生産供給が追い付かなくなるし、ミルクであればどれだけ与えたらよいのか悩むことになる。別に「育てやすい子」が「いい子」なわけではないし、それこそ個性なので愛すべきものであるのだが、母親の疲労感は全く違ってくるのだ。



 私自身の場合を例にとってみる。私は幼いころ、それはそれは神経質で内気な子供であった。習い事の教室でも友達の家でも、「トイレを貸してください」というのがこの上なく恥ずかしくて、恥ずかしすぎてついに言い出せずに漏らしたこともあるし、スナック菓子をほおばる音が、他の人よりも自分はものすごく大きいのではないかと気にして、なるべく口をぴったり閉じてゆっくり噛むようにしていたこともあった。教室で授業中に鼻をかむという行為も恥ずかしくてできず、ティッシュで垂れてくる鼻水をひたすら拭きとっているうちにポケットティッシュが底を尽き、この子は鼻をかむという行為自体がうまくできないのだと勘違いした先生に、休み時間に呼び出されて鼻をかむ練習をさせられたこともあった。また、かなりの小食で、大学生の頃まではレストランなどで出てくる定食やセットメニューを完食できたためしがなかったし、妊娠して食欲が増すようになるまで「間食をしたくなる欲求」というものが理解できない人間であった。


 そんな私の赤ん坊時代はどうだったかというと、やはりずっと絶え間なく泣いて母を追い詰めたそうだし、ご飯も全く食べようとせず、姑に「あんたの料理がまずいせいなのでは」と嫌味を言われたこともあったようだ。しかしあの手この手で頑張ってみても、泣くものは泣くし、バナナと牛乳しか摂取してくれなかったというのだから、もうこれは赤ん坊の性質・性格によるものである。ちなみにたくさん心配をかけて成長したが、今では元気に明るく人並みの生活が送れている。


 こんなに手がかかった私が産んだ子供はどうかというと、なんとまぁよく食べよく眠る、多少神経の太めの今のところ非常に育てやすい子なのである。話を聞いた私の母親が、あまりの私を育てた時との違いに羨ましがるほどで、かなり楽をさせてもらっている。外出もしやすいし、手のかかる子を育てている方と比べると、世界が違うレベルなのだろうと思う。

 今後壮絶な反抗期が来たり、逆にマイペース過ぎて協調性がなかったりなどの問題が起きてくる可能性はあるが、とりあえずはすでに親孝行してもらっているのでありがたいことである。



 とにもかくにも、育児の大変さは、子供によってかなりの差が出てくるので、育てている親にしかわからない。その子に合わせてうまく付き合うことが大事で、親は精一杯愛情を持って頑張っているのだから、明らかにおかしい場合を除いて外野が常識非常識を持ち出して、とやかく言うことではないのだ。


 知り合いの例を出すのならば、抱っこしていないと泣き続ける子の母親は、家にずっと二人でいたら気が狂うからと、ベビーカーにのせれば泣き止むことを発見して後は、なるべく日中は外で過ごして気晴らししていたし、やんちゃすぎて目が離せない子供に精神的に追い詰められた知り合いは、子供を保育園に預けて働くことにした。どちらも周囲から「そんな小さい子を長いこと連れまわして」やら「経済的に困っているわけでもないのに保育園に預けて働くなんて可哀そう」などと様々な苦言が飛んできそうであるが、実際に「その子」を育ててみたわけでもないのに口を出すのはいかがなものかと思う。どちらの親も目一杯の愛情を子供に注いでいるし、核家族で日中家に他に頼る人がいないための自衛行為なのだから、何も悪いことなどしていない。アドバイスや提案ではなく、頭ごなしの否定をする視野の狭い人間は是非「どうしようもなく育てにくい子代表」である赤ん坊の私を育ててもらいたいものだ。


 泣き声ひとつとっても千差万別、個性豊かな赤ん坊。人と比べて一喜一憂せずに、その子の個性を全力で観察して受け入れて接することが出来たら、きっとそれが「正しい育児」なのだと思う。まぁあくまで理想で、そううまくはいかないのも育児なのだろうが。のびのび生き生き!ひとまずこれをスローガンに私は今後の育児を頑張る予定である。

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