第6章 夢のうつ伏せ
妊婦なら多くの人間が望むであろう夢、「うつ伏せで寝たい」。待ちに待った出産後、すぐに叶いそうに思えるこの夢であるが、実際私はかなりの期間お預けを食らった。欲求に身を任せ、心安らかにうつぶせ寝出来るようになるまで、約一ヶ月はかかったように思う。
まずうつ伏せになるということは、うつ伏せで脱力出来ねばならない。しかし出産直後は子宮が元の大きさに戻ろうとする後陣痛の痛み、会陰切開を縫合した後の痛みと引き攣れ感で、とても足を延ばしてのびのび寝れる状態ではなかった。痛みに耐え忍びつつ、お股を気遣ってそっとベットの中で身じろぎする。気付けば妊娠中と大して変わらぬ体位で寝ている現実に、あれ?思ってたのと違う…と動揺した夜を私は忘れない。
スピード出産であったため体の回復が早く、お股の治りも早かった私。退院の頃には後陣痛の痛みも落ち着き、股も特に気にせず用が足せるまでになった。
――さあ!いよいようつ伏せだ!!
実家の布団でウキウキしながら横になってみると、どうしたことだろう。信じられないことに、おっぱいが邪魔でうつ伏せが出来ないのである。万年貧乳で、うつ伏せに困ったことのない私には、「まさか」の出来事であった。母乳の出初めの頃はおっぱいが張るものらしく、産前より2カップ分ほど成長した乳房が固く張りつめているものだから、うつ伏せになると邪魔でしようがない。さらに前章で紹介した修行中の乳首を抱えているものだから、結局負担なく寝ようとすると、うつ伏せ寝は不可能なのであった。
さらに、夜間添い寝をした方が赤ん坊が格段によく眠ることに気付いてからは、同じ一つの布団で寝るようになったのだが、初めのうちはどうにも赤ん坊が気になり、うつ伏せで眠る気持ちの余裕がなく、自然と赤ん坊の方を向いて横向きで寝るようになった。うつ伏せ寝は私にとって最も気が抜けた体勢であり、フニャフニャの新生児を傍らにしては、とても気を抜いて寝るという芸当ができなかった。最低限きちんと気を付けておけば、意外と赤ん坊って簡単に死んだりしないという確証と安心感を得るのに時間がかかったため、夢のうつ伏せは遠のいてしまったのである。
こうして、ある程度母乳産出が軌道に乗り、心の余裕ができるまでの間、延々お預けを食らったわけであるが、乳の張りが収まり、乳首も修行を終え、赤ん坊との添い寝にも慣れてきた頃、ついに妊娠発覚してから約9か月ぶりに夢は実現。念願のうつ伏せ寝を果たしたのである。赤ん坊の顔を眺めながら小さな手を握って行ううつ伏せ寝は、格別であったことは言うまでもない。
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