第11話 反則
「織部さん、最後のほう私ばっかり喋ってたじゃないですか。聴取中に無口にならないでくださいよー」
署に帰る車の中で、理瀬がため息とともに文句を言ってきた。
「すまん。だが、助かった」
「いや、人見知りなのは分かりますけど、織部さんは気になったこと、なかったんですか? あの場で訊いておかないと、チャンスがあるかどうか」
「もちろん知りたいことはあったが、それは直接訊けないことだった」
「はい? もう、なんだか知りませんけどますます機会なくなっちゃったじゃないですか」
今の言い方では、ただ質問の機を逃した間抜けの釈明にしかならないか、と希榛は気づいた。
「そういうことじゃないんだが――着いた。続きは部屋で」
「ええ? マイペースですねホント……」
納得していない理瀬にそれ以上なにも言わず、部屋に戻った。
「まず、あのセラピストは怪しい」
ドアを閉めたとたん、希榛は言った。
「いきなり何を言い出すんですか。何も矛盾してなかったでしょう?」
「受け答えはな。だが、あの映像はおかしかった」
「そうですか? 織部さんから聞いたお話のとおりで、間違いなくルシリア様のものだったじゃないですか」
「ああ。一致していた。だが、どうして完璧に一致していたんだ?」
「それは……ルシリア様が意図的に、前世療法のヴィジョンをSpiegelの世界に近いものに設定したからです」
「そうだな。普通は、それに近いものになるはずだ。設定の方法だって、ただの口頭説明を楢崎のぞみが聞き取って再現しただけに過ぎない。つまり、患者のイメージとはいえ他人が作った再現でしかなく、あの程度では完璧にハイデントゥームを作りだすことなどできないはずだ。だが、俺が見る限りでは、あのヴィジョンは完璧にSpiegelと一致していたんだ」
希榛は1度訪れていて、あの城の雰囲気は覚えている。さきほど見た映像では、そんな希榛が忘れていた細部まで作り込まれていたのだ。
「決定的なのは、シュタルクだ。あんたも見ただろう。映像の中のあいつは、監視カメラ映像にあったあの男に酷似していたと思ったんじゃないか? 奴はさらに耳と尻尾があり、俺が会ったシュタルク本人だった」
「えっ……あの、どういうことです?」
「つまり、あの映像の世界はSpiegelの世界そのものだということだ」
まだ理瀬にはそれが何を意味するか分からないようだ。説明のしかたが下手なのか、と少しへこんだ。
「高森琴音とルシリアの関係性とその世界のことを知っていて、なくなったはずのハイデントゥームをもう一度作れる奴なんて、そんなにいない。おそらくは開発者の1人か、その協力者だ」
「ええっ!? っていうか、それに気づいててなんで追求しなかったんですか!」
「本人に訊いてどうする。正直に認めるわけないだろう。まあ、それならそれで情報を開示しすぎだと思うがな。本当に開発者側の奴なら、俺のことは知っているはずだ。唯一の反逆者として、警戒するだろう。だが、そんな様子はなかった。それだけに、これが手の込んだミスリードである可能性も捨てきれないが」
ここで希榛の思うところを言ったところで、先には進まない。
「……そういうことも、これを調べれば少しは分かるんじゃないかと思う」
そう言って取り出したのは、小さなメモリーカードだった。
「何ですかそれは」
「あのパソコンのバックアップだ」
「えっ……つまりそれって」
理瀬が驚愕の表情を浮かべたので、希榛は左手で理瀬の口を塞いだ。
「あんたが楢崎のぞみと喋っている間に、これにコピーしたんだ」
そのタイミングをはかるために、希榛は喋らず、気づかれないように動いたのだった。手品と同じ要領だ。
「本当は、個人のパソコンや携帯の情報が欲しかったが、そこまではできなかった」
希榛はようやく理瀬の口から手を離した。
「これって、泥棒なんじゃないですか。まずいですよ」
理瀬は小さな声で咎めてくる。
「資料や証言を脅し取るよりましだ。調べるぞ」
希榛は自分のパソコンにカードを差し、ファイルをいろいろと見ていく。
あのセラピーのソフトのソースコードを丁寧に読んでいく。
「やはり、造りがSpiegelと似ている。目的が類似しているとはいえ、ここまで一致することは偶然ではありえない。関係を疑って正解だろう」
このソフトは5年以上前、つまり希榛がSpiegelと出会う前からあり、何度かのアップデートを経て現在に至っているようだ。
次に、何かメールのやり取りでもしていないかと思って検索してみる。
すると数件、データのやり取りをしたメールがあった。
「織部さん、この人、気になります」
それは《先生》という名前で登録された人物とのやり取りだった。最近のものだ。
短い本文とかなりの大きさの添付ファイルが送られている。相手からはそれに対するお礼程度の文章が返ってきている。
「『先生のお役に立ちそうなサンプルを送付いたします』……ですか。このファイル、3Dの画像集みたいですけど」
暗号を理瀬が解いて、2つのファイルを展開してみた。
それは、一部が破損したゲーム画面のようなCG画像だ。1つめの画像は、暗い森の中に建つゴシック建築の聖堂。2つめは、黒いアンティーク風の家具が並ぶ部屋の画像。
「これって、さっきのルシリア様の体験に出てきたものですよね。どうして、ところどころ壊れているんでしょう」
「これはセラピーの中の城じゃなく、Spiegelの中の城だからだ。壊れているのは、俺が行ったときにエラーを引き起こさせて壊したからだ。こんなデータを持っているということは、やはり開発者側の人間だということだな」
ファイルの容量が大きいので、メールを何度かに分けて送っている。他のファイルも解読した。
今度は、人物の3DCG画像だ。回転させてさまざまな角度から見ることができる。
それは、シュタルクとルシリアのものだった。
オオカミ耳の青年と、ゴスロリの銀髪少女。
「この子は……?」
「これが、Spiegel内のルシリアだ」
希榛は理瀬に話はしたが、実際に見せたことはなかった。
「かわい……ええと、ずいぶん今と違いますね」
銀髪のルシリアは、16歳くらいのツインテール少女だ。
「ああ。Spiegelは本来、自分の理想を投影するものだからな。ルシリアという名前もこの姿もハイデントゥームという場所も、口は悪いが従順な下僕のオオカミ男も、あいつの理想だった」
「確かに、ゴスロリの大きなテーマは《少女》ですからね。若い大人の女性がファンタジックな少女になるために着る、みたいなところありますから。高いのでティーンエイジャーの頃は買えないんですけど、専門誌やサイトを見ると、《いつまでも少女でありつづけるために》とか書いてあります。そして、撮影はまさに豪華なお屋敷風の場所とか幻想的な背景のCGなんかで行われて……。少女の姿で、理想的な場所で好きなゴスロリ服が着られるなら、これ以上ない環境かもしれません」
「……ずいぶん詳しいな。あんたも着てたのか?」
何の気なしに尋ねると、理瀬は顔を赤くした。
「ま、まさか。ハイデントゥームのファンになったので、その世界観について調べたことがあっただけです」
「似合いそうだが」
「ええっ!? そ、そんなことないですよ! ラ、ライブに行くとき一回だけ着てみようかなって思ったことはありますけど……。高いし、他に着る機会もないし、それにロリータって人を選ぶファッションなんですよ? ルシリア様みたいな選ばれし女性じゃないと似合わないっていうか」
「ふうん」
まるで言い訳をするように理瀬は早口で言葉を並べた。似合いそうだと言ったのは失敗だったのだろうか。
「そんなことより! 問題はなぜ楢崎さんがルシリア様のデータをこの人に送ったのかってことと、この相手がどこの誰なのかってことです!」
なぜか大きな声で話題を変えられ、少しびっくりした。
「《先生のお役に立ちそうなサンプル》がSpiegel内のルシリアに関するもので、楢崎のぞみは開発者か協力者、この《先生》もおそらく開発者か協力者だ。技術者だとするなら、情報分野の大学教授か何かかもしれないな」
メールはまだあった。次の添付ファイルを開いてみようとしたが、暗号を解いても分からなかった。
それは何かの実行ファイルだったのだが実行できる環境にないとの警告文が出た。
「専用のソフトが必要みたいです……」
「ここまでか」
結局、楢崎が開発者側だろうという希榛の推測が事実となっただけで、それ以上のことは分からなかった。
そのとき、静かな部屋に内線のコール音が響き渡った。それに希榛が驚いている間に、理瀬が電話を取った。
「はい、あ、班長。お疲れ様で……え? 私たちにですか? はい、すぐ向かいます……」
先に切られたのか、理瀬が電話を置いて怪訝な表情でこちらを見てきた。
「どうした」
「えっと……お客様みたいです。ご指名で、話を聞いてほしいって」
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