(3)

 伊崎駅で君塚と合流した健二は君塚の運転の下、椚中学へと続く夜道を走っていた。

 その車内で君塚は、今までの捜査で分かった事件の全てについて語り始めた。


「久崎信也は、石崎拓海らにイジメられていた。凄惨なイジメに耐え切れなくなった久崎は登校拒否になり、君らも知らぬ間に信也の母、絹江が退学処理を済ませた。当時の教師である石丸豊に確認したが、理由を聞いても何も言わず、いいからさっさと処理を済ませてくれと一向に詳細を語ろうとしなかった為、学校側もその奥に大きな問題を感じ取り、それ以上問い質す事はせず、絹江を申し出を受け入れ処理を済ませた」

「学校も大概な応対ですね。信也の母親は息子の境遇を心配して、退学を?」

「いやいや、全く逆だよ。絹江は信也の事なんて何一つ想っていなかった。だってそうだろう。普通なら退学処理を済まそうなんてする前に、学校に怒鳴り込んでくるのが普通じゃないか。なのに、あっさりと退学処理だけでおしまい。面倒事がごめんなのは学校だけじゃなくて、絹江もそうだったんだよ。本人に話を聞いた捜査員は怒りを通り越して呆れ果ててたよ」


 健二が知り得なかった、信也の歪んだ家庭像は健二の世界では想像も出来ないものだった。もはや家族として機能しているとは思えない母の対応は、健二の心を苦い気分にさせた。


「そうなった元々の原因は、父親の道彦の浮気だった。浮気が発覚した瞬間、それまでの家庭環境は一瞬にして崩壊した。絹江は信じる心を失い、穢れた夫の血が通った息子の存在までも煩わしくなり、腹を痛めて産んだ我が子への愛情は消滅した。そして道彦の方は浮気相手との時間にのめり込み、久崎という家庭から消え失せた。かに思えた」

「父親が、戻ってきたんですか?」

「そうらしい。そして、それが久崎信也の死に繋がる」

「どういう事ですか?」

「5年程前、久崎の自宅から少し離れた林で人骨の一部が見つかった。ほとんど風化していたが、調べてみればそれは久崎道彦のものだった」

「え!?」

「道彦の死んだ時期を逆算してみると、約7年。同時期に久崎信也の行方も分からなくなっていた。おそらく道彦と信也の間でトラブルがあったのだろう。だが分かったのはそこまで。それらを調べるにはあまりにも全てが風化しきっていた。結局行方は分からないまま、そのうち信也を行方不明者として扱う年数を超えてしまったんだ」

「それってどういう事です?」

「行方不明者は7年が経過した時点で法律上死んだと見なされるんだ。行方不明者の人数は年間約10万人と言われている。もちろん警察が何もしていない訳じゃない。だが日々起こる新たな事件やらに追われているうちに、そちらにばかり手をまわすわけにはいかなくなってしまう。残念だが、いつまでも一つの事件にこだわっているわけにもいかないからな」

「……久崎の死が立証されていないって言ったのは、そういう事だったんですね」

「この事件の一因には、僕達警察のそういった諦めや怠慢も含まれてるかもしれないな」


 久崎は申し訳なさそうに唇を噛んだ。だが今済んだ事に目を向けている場合ではない。今まさに、新たな悲劇が引き起こされようとしているのだ。


「信也は生きていると、俺も思っています」


 これまでの犯行。椚での過去。理沙に届いたメール。そして――。


“久しぶり”


 健二が直接耳にしたあの声。

 久崎信也は生きている。直感がそう告げていた。

 だが、君塚に告げられたあの真実がそれを大きく捻じ曲げた。


「でも、じゃあ何で……」


“僕を襲ったのは久崎じゃない”


 ――何でお前が出てくるんだよ……。


 健二はぎゅっと拳を握りしめた。全てが一直線に繋がりそうなのに、そこに急に入り込んだその存在は、あまりにも事件と不釣り合いなものだった。

 そして何より、その事実を健二は信じたくなかった。信じられなかった。



“僕を襲ったのは、眞崎由香だ”

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