須藤健二 Ⅴ

(1)

 神は祈りを無視したのだろうか。

 もう夜だと言うのに、まだ理沙は帰ってきていなかった。取り調べでも行っているのだろうか。はたまた理沙の周辺警備の事で何か複雑な手続きやらで時間でもかかっているのだろうか。何も分からないまま、いたずらに時間だけが無暗に進んで行った。

 さすがに心配になり連絡をしてみたが、電話も繋がらず、メールの返信もない。一体何をしているんだろうか。


 そわそわとした気持ちがおさまらず、だが何をすればよいかも分からず健二は食事を摂る気も起きず、テレビから流れる陽気な声を聞き流していた。

 その時、携帯から軽快なメロディが流れた。着信を知らせる音楽に健二は飛びつき誰からの着信かもろくに確認せず携帯を耳にあてがった。


「理沙!」


 勢いあまってそう呼びかけた後に、相手が理沙ではなかったかもしれないという当たり前の事に気付いた。しかし電話口からはざーっという雑音しか聞こえてこなかった。不審に思い、健二は改めてディスプレイに映る文字を確認する。そこには”理沙”の二文字が表示されている。理沙の携帯から発信されている事は間違いなさそうだった。


「理沙?」


 不安が急激に加速していく。理沙なら何故答えてくれない。何故声を聞かせてくれない。

 長い沈黙の後にその答えが分かった。

 それは――。



『久しぶり』



 電話の相手が理沙ではないからだ。

 そしてそれは、最悪を容易に想像させる声だった。


「……信也、なのか?」


 それを口にするのが、怖くてたまらなかった。

 声は完全に震えていた。


『全部教えてあげる。僕達の想い出の場所で待ってる』

「おい! 理沙は!? 理沙は今――」


 そこで電話は切られてしまった。


「くそっ!」


 相手は多くを語らなかった。だが健二は確信した。

 やっぱり信也だったのだ。信也が全部やったのだ。


 最悪が始まろうとしている。

 君塚は何をしているんだ。健二は慌てながらも君塚に連絡を入れた。

 コール音が何度も続く。

 しかし君塚の声を聞く事は叶わなかった。


『――タダイマ、デンワニデルコトガデキマセン』


「何だよ!」


 非常事態だというのに、頼みの綱に繋がらない。

 焦燥に駆られる心が頭の中に悲劇を満たしていった。


 ――まさか……。


 もし理沙に信也の手が伸びたのだとしたら、どの時点の話になるだろう。

 理沙は君塚と共に部屋を出て、二人でそのまま警察署に向かった。そのはずだった。

 だがその途中で、何らかのトラブルがあった。信也の襲撃。

 だとすれば、その時に君塚は―ー。


「嘘だろ……」


 やめてくれって言ったじゃないか。もうこれ以上何も起きないでくれって祈ったじゃないか。何で終わらない。何で続くんだ。

 神への呪詛が心の中で幾度も繰り返された。だが信也の言葉を思い出し、自分のやるべき事を思い出した。


“想い出の場所で待ってる”


 信也と共有した特別な想い出など思いつかないが、奴が言う想い出という場所に該当する所は一つしかなかった。


 ――椚か。


 椚中学。

 信也は今、きっとそこにいる。


 ――やっぱり生きてたんだな、信也。


 健二は急いで家を飛び出した。

 そして頭の中で、君塚の話を反芻した。

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