*
忘れもしない光景だった。
仕事を終え、いつものように昼過ぎまで眠っていた涙は、部屋の奥から聞こえる物音で目を覚ました。
――お風呂場?
部屋の奥の方から聞こえる物音。音の出所はどうやら風呂場からのようだった。
部屋を見渡すとゆうの姿がなかったので、風呂場の方でゆうが何かをしているらしかった。
――何をしてるんだろう?
やがて音は鳴り止んだが、ゆうは以前戻って来ない。
涙は不思議に思った。ここ最近の疑念もあり、涙はおそるおそるゆうの姿を確認しようと忍び足で風呂場へと近づいていった。
胸の鼓動がやけに大きく聞こえる。焦るなと自分に念じながら徐々にゆうとの距離を詰めた。
風呂場へ続く扉は開いたままだった。その為、目を凝らせば少し離れた位置からでもその姿を確認出来そうだった。
ゆうの背中が視界に映った。
――ゆう君。
涙は思わず声がこぼれそうになり、慌てて自分の口に手を当てた。
そこにいたのは服を脱ぎ捨て、肌を惜しげもなく露出したゆうがいた。
だが、その姿には強烈な違和感が紛れ込んでいた。
そしてその違和感の正体とこれまでの疑念が、涙の中で完全に一本の線に繋がった。
――やっぱり、そうだったんだ。
全てに納得した。これで全部に説明がつく。自分が抱いてきた疑問と推測は、間違っていなかった。そしてその途端、彼が抱えているであろう辛さが涙の中に雪崩れ込み、涙腺が緩み始めた。
バレていないと思っていたのだろうが、一つ一つは僅かなズレだった。
皮肉な事に、水商売ではそういった僅かな変化や違いに目を配り、鼻を利かす能力が不可欠だった。客の微妙な心情や振る舞いなどの変化に対応出来るかどうか。それが結果最終的に得る金銭に直接関わってくる。だからこそ、涙にはそのズレが目についてしまった。
洗面台に置いてある化粧道具類。ケースの中に仕舞われた涙が身に付けている下着類。
その場所がほんの僅かに自分が置いた位置からズレている事がたびたびあった。部屋には常にゆうがいてくれる。とすれば、変質者などの侵入者の仕業と考えるのは難しい。
答えは自動的に導かれた。容易く、いつでも、部屋の物に触れる事が出来る存在。
そんなのは、ゆう以外に置いて他にいない。
気のせいと呼ぶには、そのズレはあまりに頻繁に起こった。そしてそのズレが涙の憶測を推し進めていった。ひょっとしたら、と。
そして今、その疑問に答えが出た。
ゆうの体には、涙の下着が身に着けられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます