こんなはずじゃなかった。

 何度そう思っただろう。

 元々自分が歩んで来たレーンは恵まれ幸せなものだったのに。


「ほんとかわいいねー」


 親、親戚、ご近所。近しい存在は手放しで自分の存在を褒めてくれた。それがとても嬉しかった。だが褒められる事に慣れると、いつしかそれが常識となり称賛に何も感じなくなった。

僕は、人とは違う。

 小学校が終わるまでの時間、自分は他人より秀でた存在なのだと信じて疑わなかった。

 だがそんな人生は中学に入ってあっけなく狂っていった。

 そこに当たり前の称賛はなかった。それが自分にとってとてつもない違和感だった。


 ――違う。おかしい。ここは何かおかしい。


 明らかに今までと過ごしてきた世界とここは違う。

持て囃されない自分という存在にやきもきするも、世界は何も変わらない。変える為に何をしていいかも分からない。

 しかし、思わぬ形で変化は訪れた。全く望んでいない最悪な形で。


“お前さ、なんか気持ち悪いね”


 突然かけられたその言葉の意味がまるで分からず、僕はきょとんとした。僕の目の前に現れた三人の男子と面識はなかったが、その顔はどれも頭の足りない程度の低さを感じさせた。

 三人は僕の驚いた顔に満足したのか、ゲラゲラと下品な笑いをあげて去って行った。


 ――キモチワルイ?


 やっとその意味が理解出来た時、僕はぼろぼろと涙をこぼした。鼻水も垂れ、口からは不細工な嗚咽が漏れた。僕の心はたった一言で崩壊した。だがそれは始まりに過ぎなかった。


 例の三人は事あるごとに心無い言葉をぶつけてきた。悲しそうな顔する僕を見てその度ゲラゲラと笑った。

 何がおもしろいんだ。何がそんなに愉快なんだ。

 僕が傷つけば傷つく程、彼らの心は満たされているようだった。

 傷つく為の通学は本当に辛かった。だがやがて彼らは口だけでは満足出来ず、僕の体にも傷をつけ始めた。

 殴る蹴るなどはまだ優しい方だった。彼らの脳はおよそ人間とは思えない仕打ちを考え付き、僕にそれを容赦なく試した。火で肌を炙り、バケツの中に僕の顔を沈めた。今まで一番恐ろしかったのは大量のヘビをぶちまけられた事だった。


 ――もう、死んでしまおう。


 何度も何度もそう思った。どうにかしてこの地獄から抜け出したかった。

教師に言っても解決どころか更なる報復を呼ぶだろう。

 親もダメだ。その頃には平穏であるはずの家庭も崩壊状態だった。父親の浮気で家庭はぎすぎすし、母と父は一触即発の空気を超え、もはやお互い空気以下の存在となっていた。母は家事に無気力になり、家に帰ってきても家にいない事の方が多くなった。父に至っては姿を見る事すらほとんどなくなった。浮気相手の所にでも転がり込んでいるのだろうか。もはや父にとっての家は、ここではないという事なのか。

 そんな生活が当たり前になってしまっていた。そんな中で自分の痛みを知ってもらう相手はどこにもいなかった。だがせめて自分の受ける傷を少しでも減らしたかった。僕は洗い物も放置してテレビを眺める母に期待もせずに思いを伝えた。


「僕もう学校行かないから」

「そう」


 思い通りの薄い反応だった。しかしこれで、とりあえずは嫌な事を考えずに済む。

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