(3)

「なるほど。よく思い出してくれた。重要な参考意見として活用させてもらうよ」


 電話口の向こうの君塚の口調は少し高揚しているように聞こえた。犯人のしっぽを掴んだかのような勢いで、健二が宜しくお願いしますと言い切る前に電話は切られてしまった。今頃信也の情報を得る為に走り回っているのだろう。

 理沙のヒントのおかげだったが、自分もよく思い出せたなと思う。しかし信也には悪いが、彼の存在を思い出したからと言って、そこから何か彼との思い出が湧き出るという事はなかった。話した事ぐらいはあっただろうと思う。だがそれもどんな言葉を交わしたかと言った細かい事は何一つ思い出せない。

 彼がイジメられていたかどうかについては、やはり思い出せない。しかし彼の気弱な印象はその事実に違和感なく馴染んだ。あくまで印象でしかないが。


 ――信也が犯人?


 そう思うと俄かには信じられなかった。あんな線も細く気の弱そうな人間が、二件もの残虐な殺人を行ったとは到底思えなかった。

いや、イジメによる深く暗い憎しみがそれを可能にしてしまうのだろうか。見た目にも弱々しい人間を悪魔のように変えてしまうのだろうか。

 健二はそこでふと、君塚の言葉を思い出した。


“イジメ被害者にとって加害者というのは実際に手をあげた者だけとは限らない。それを見て手を差し伸べなかった傍観者も同じ加害者だ。君達に加害者の意識がなくても、犯人にとってはそうじゃないかもしれない”


 もしも信也が本当にイジメられていたとして、もしも信也が今回の事件の犯人だとした時。信也の手は、一体どこまで伸びてくるのか。

 その瞬間、背筋が一瞬にして寒気だった。そうだとすれば、健二や理沙もターゲットになり得る。

 今の今まで彼の存在すら忘れていたのだ。当時彼が実は拓海達に酷いイジメを受けていたとして、それに対して健二は彼に何かしてやったか。いや、彼を救うどころかその事実にすら気付いていなかったのだ。そんな存在が信也にとって一体どう映っていたか。

 誰も助けてくれない。誰も自分に気付いてくれない。無限の苦しみの中で大勢いる中の誰一人自分を救ってくれない。それは彼にとってみたらイジメと同義に映るだろう。

 どこかで自分は関係ない。自分は安全だなんて思っていた。だが違うのかもしれない。想像が膨らめば膨らむ程、比例して恐怖も肥大していった。

 何にしても、君塚に任せよう。信也が犯人であるにしてもないにしても、犯人が捕まる事で安心して過ごせる毎日に、健二は早く戻りたいと思った。


 後日、君塚から連絡が入った。

 しかし君塚の口から伝えられた事実は、健二をひどく困惑させるものだった。

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