(2)
「うわ、懐かしいなーおい」
「でしょ? それが後もうちょっとしたら社会人だよ? この頃はそんなの遠い遠い遥か未来だと思ってたのにね」
理沙が鞄から取り出したのは椚中学の卒業アルバムだった。
健二も理沙も一人暮らしの部屋にわざわざ卒業アルバムを持ってきておらず、その為理沙がわざわざ実家から持ってきてくれたのである。
「健二、若っ! こうしてみるとただのガキんちょだね」
「中学なんだからそんなもんだろ。理沙は、あーいたいた。この頃は黒髪で真面目で清楚な感じだったのに、今となっては、な」
「なによー。髪は染めてるけど今だって真面目で清楚じゃない」
いざページを捲ると、まばゆいばかりの青春時代がそこにあった。しかし懐かしさに浸っていた時間は僅かだった。
カメラに向かって笑顔でピースを決める拓海。
斜に構えてクールに映っている真一。
二人はもうこの世にいない。
もう永遠に健二達にとって過去になってしまった存在。
残酷な未来なんて何も知らない顔に、健二はやり切れなくなった。気付けば理沙も黙り込んでいた。おそらく健二と同じような気持ちにあるのだろう。
「探そう。何か手がかりはあるだろう」
*
「うーん……」
健二はパタンとアルバムを閉じて思わず唸り声をあげた。
二人はじっくりとアルバムを眺め、慎重にページを捲る作業に勤しんだ。少しでも何かが記憶に引っ掛かれば、忘れてしまった過去を引きずり出す事が出来る。だがその期待は脆くも崩れ去った。
全てのページをくまなく探してみたが、そこから何かを得る事は健二も理沙も出来なかったのだ。
「駄目だ。何も思い出せねえ」
健二はぼりぼりと頭を掻き毟った。思い当たる記憶がない。でも何かあるはずだという気がどうにも抜けきらない。
「ねえ、健二」
「ん?」
理沙は顎に手を置きながら眉間に少し皺を寄せ、アルバムの表紙を見つめている。
「どうしたんだよ?」
「ちょっと思ったんだけどね、アルバムに映ったクラスの写真って中三のクラスのものじゃない? 私達が過ごした二年の時のクラス写真はここには載ってないよね」
「ああ、そうだな」
「って事は、中学二年の時にしか在籍していなかったような人物がいるんじゃないかな。または中学二年までしかいなかった人物」
「それなら確かに、このアルバムに存在していない事になるな」
「なんか、思い出せそうな気がするんだけど……健二、何か出て来ない?」
「んー……」
理沙の意見は確かにいい所をついたかもしれない。十分にあり得る話しだ。
中退、転校。何かしらの理由によって途中で椚を去った人物。そこにイジメが絡んでいるとなればそこにも繋がってくる。イジメが原因で学校を去って行くという例は決して突飛なものではない。
「……あれ?」
健二の脳裏で記憶が広がっていく。
理沙が繋げたヒントが暗闇に穴を開けてくれた事は確かだ。だが穴はまだ小さく光も弱い。だがすぐそこまで来ている気がする。もう少し手を伸ばせば届く所まで。
健二の頭の中に一人の学生が浮かび始めた。教室の中、端の方で椅子に座り、顔は机の上に伏せている。学生服姿から男子生徒という事は分かった。袖から覗く腕の線は細く、肌は白い。まるで女の子のような……。
――女の子……?
その瞬間、ばちっと頭に電流が走った。そして伏せていた顔がゆっくりと上がった。
さらさらとした髪の毛は耳をすっぽりと隠す程に長い。教室の灯りが頭に天使の輪を描いている。その顔がすーっとこちらを向いた。
――お前は……。
腕と同じ白い肌。流すように垂れた長い前髪は左目を覆い隠していた。代わりに見える右目は虚ろで全てを諦めているような悲しい目をしていた。すっとした細く小さな鼻に薄めで少し赤みのある唇。男らしさはまるでなく、女の子と言ったほうが納得出来るような中世的な顔立ち。
――まさか、お前なのか?
「思い出した……」
女の子のようなその生徒の口が動く。何かを伝えようとしているようだったが何を言おうとしているかは分からない。
だがともかく、彼なら条件に当てはまるのではないか。
経緯までは記憶の中から手繰り寄せられなかったが、確かに彼はアルバムに載っていない。つまり中三の時点で椚中学にはいない事になる。という事は、健二、理沙、拓海、真一がいた中学二年のクラスが彼にとっての椚での最後のクラス。
転校か、中退か。それも分からない。イジメの事実も健二には分からない。だが、彼は同じクラスに存在していた。それは間違いない。
「信也」
久崎信也。
その薄らいだ存在が頭の中で、健二の目をじっと見つめていた。
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