第27話
「儀式」への参列は、僕にも認められた。この機会を逃せば、ミキハと会える時は二度とやって来ないかもしれない。そう思って僕が両親を必死に説得した結果だった。
病室に関係者が集まった。ミキハの家族や親戚は居たが、友人として参列したのは僕一人だった。
彼女には「友達」はいない。
僕一人を除いては。
儀式は比較的ミキハの体調が安定した日を狙って執り行なわれていた。彼女はいつものパジャマ姿ではなく、フリルのついた白のワンピースを身にまとっていた。きっと精一杯のお洒落なのだろう。それはとてもよく似合っていた。
いつもの病室は清澄な空気に包まれていた。花や白い布で、室内は落ち着いた調子にまとめられていた。床にひかれた白い絨毯のために、いつものあの冷たい床は見えなくなっていた。
病室内に白い祭壇が用意されていた。それは、五段ほどの階段の形をしていた。形は、雛人形を飾る雛壇の様にも見えた。そして、その周囲には小さな台があり、そこには参列者が持ち寄った色取り取りの花が供えられていた。
その左右に白い着物の様な装束をまとった「世界教」の僧侶が一人ずつ控えていた。
そして、おばさんは儀式を取り仕切る僧侶に「『消失』は楽園に至る方法なのですね」と何度も尋ねていた。疲労と哀惜の滲んだ声で、そんな言葉を壊れたように繰り返した。そんな姿は見ていて居たたまれなかった。おじさんはそんな彼女を必死に宥めていた。
ミキハの周囲には、彼女の親戚らしき人物が群がっているために、なんとなく僕は彼女に近付きがたかった。この儀式はつまり彼女がもう助からない事をはっきりと示している。そんな事実を突き付けられた彼女にどういう顔をしていいのかもわからなかったという事もある。
僕は一度病室を出る事にした。
病室の前の古びたソファに腰を下ろす。
緑色の冷たい床を見つめていると、病室の扉が開いた。
顔を上げると、そこにはおじさんが立っていた。
おじさんは、目が合うと、ぎこちない笑みを浮かべて、僕の隣に腰を下ろした。しかし、おじさんは何も言わずに、どこか遠くを見ていた。僕も何も言葉を発する事は出来なかった。
「ヒーローっているのかな」
それは余りに唐突で、僕はおじさんが喋ったのだという事すら、認識できなかった。おじさんが真剣な眼差しで僕の目を覗き込んでいた。
「僕はね、ヒーローが活躍する様な漫画が好きだったんだよ。子供の頃の話だけどね」
何も答えられない僕を置いて、おじさんは滔々と語り続ける。
「ヒーローさえいれば、誰かが攫われても、爆弾を仕掛けられても、なんとかしてくれるんだよね」
おじさんは、いつの間にか僕から目を逸らしていた。そして、まるでうわ言のように呟いた。
「病気の娘を助けてくれるヒーローは居ないのかな……」
僕は思わず立ち上がった。しかし、それ以上は、何かを言う事も、逃げ出す事すらも出来なかった。まるで体が石になってしまったようだ。ただ、呆然と立ち尽くし、朽ちるのを待つだけのむなしい石像。それが今の自分だった。
おじさんは、気不味そうな表情を浮かべて言った。
「ごめん……忘れてくれ」
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