第13話

 僕は裏山を駆け下りた。この山は傾斜も緩く大した難道ではないが、一本道しかない。僕の最悪の考えが当たっているならば――


「カケル!」


 あの日と同じパジャマ姿の女の子が立っていた。


 ――また病院を抜け出して来たのだ。


『あんな風に裏山を登れただけでも奇跡なの』


 彼女の母親の言葉が、僕の脳内を駆け抜ける。


 ミキハは今にも倒れそうなぎこちない足運びでこちらへとゆっくり向かってくる。

 次の瞬間、


「きゃっ」


 ミキハはバランスを崩す。

 僕は咄嗟にミキハへと手を伸ばす。

 しかし、間に合わず、ミキハは転倒した。


「ミキハ!」


 僕は思わず叫んで、倒れてしまったミキハの肩を抱く。

 彼女の身体に触れて気がつく。細い身体だ。本当に皮と骨しかない。筋肉と呼べる様な物がほとんど感じられないのだ。全身がこんな状態なのだとすると、山なんて登れるはずが無い。ドロドロに汚れたパジャマがその事を物語っていた。きっと、ここに辿り着くまでに何度も転んだのだ。


「なんで……」


 僕は震える声で呟く。


「カケルに会いたかったから」


 何でも無い事の様に言う。

 しかし、ミキハは滝の様な汗を流していた。それは夏の暑さのためだけではない。顔色だって「透明化」している事を差し引いても明らかに悪い。無理をしているのだ。


「ともかく、病院に戻ろう……」


 僕には、そう言う事しか出来なかった。


「やだよ……」


 ミキハは駄々をこねる子供のような声を出す。


「どうして……」

「だって……」


 ミキハは涙をこらえている表情で言った。


「カケルが会いに来てくれないし」

 僕は――


 この時の僕は、喜んでしまった。自分が求められている、必要とされている、それだけで舞い上がってしまった。その相手が可愛い女の子なのだから、尚更だ。


 でも、僕はもっと考えるべきだったのだろう。


 もっと反省すべきだったのだろう。


 この時の僕は、自分の愚かさとか、狡さとか、そういうマイナスの物をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱の奥へ、奥へと詰め込んだ。二度と見たくないと思ったから。でも、ゴミ箱に詰め込んだだけでは、それは捨てた事にはならないのだ。ずっと僕の心の奥に残り続ける。そして、いつの日か積もり積もってあふれ出す――


 それに、少し考えればわかったはずだった。


 僕がかけ下りるこの一本道の先には、絶望しかないのだという事くらい。

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