ラブレター



青からオレンジへと変わりかけた空。

その大きなパレットを黄金比で切り取る窓ガラス。

誰もいない教室で一人、美しい窓のカンバスを見つめる少女。

真言(まこと)。

「マコー!帰るぞー!」

不意に破られた静寂、少年の声。

真新しい学生服に既についている所々の傷、泥汚れ。

席を立つと、少年のいるドアの方へと伸びる真言の影。

「うん」


一台の自転車、乗るのは二人、こぐのは少年。

名は、写(うつる)。

「マコ、さっきさぁ、教室で何してたんだ?」

肩越しに聞こえる声。真言が毎日聞く声。

「ん、空をね……詩を書こうと思ってたの」

揺れる自転車。

跳ねるお下げ髪。

フレームの大きい眼鏡を直す白い右手。

「詩ねぇ……俺にはよくわかんねーな」

「……」

俯く真言。

前だけを見る写。

毎日同じだった帰り道。


突然の依頼。


「あのさぁ、マコ。B組の浅見ってコ、知ってるか?」

「知ってる」

「そっか。あのさぁ、俺、あの浅見さん……どうもさぁ」

「……」

「好きになったみたいなんだよ。ほら、可愛いしさぁ」

「……」

「それでさ、告ろうと思ったんだけど、イマイチ自信無くてさぁ。それで」

「……」

「マコ、手紙とか書くの得意だろ?俺の代りにさあ、ちょっと手紙書いてくれよ」

「……」

「頼むよ」

「……いいよ」

力無い返事。

暫くの沈黙。

ゆっくりと止まる自転車。

「よかったぁ。こんなこと頼めるのマコしかいないからさぁ。助かったぁ」

「……で、何、書けばいいの?」

玄関の前。

既に部屋に灯る明かり。

「ん、おとなしめのがいいなぁ。まずは、近づけるだけでもいいしさぁ。あ、あんまり少女趣味なのは無しだぜ。マコそういうの好きだろ?」

「……わかった。でも、清書は、自分でしてね」

「ああ」

隣りの家に入っていく自転車。

もう12年感じてきた近くて遠い距離。

ドアの前で手を振る幼馴染み。

今日は見せられなかった、いつもの、笑顔。


机の上。

真っ白な便箋と、文字で埋め尽くされた便箋。

「貴方」を「貴女」に変えるだけの簡単なはずの、作業。

一世一代の作品の、変わり果てた姿。


次の日。

「これ」

「あ、サンキュー。マコ。早かったなぁ」

「……うん。あ、今日から私、早く学校に行くから、待ってなくていいよ。帰りも、早くなったから……」

「そうか。わかったよ」

真言からの精一杯の別れ。

写は一生気付かないであろう、彼女の意志。


暫くの後。

耳に入る噂。

写に彼女ができたという話。

少女の心でちくりと痛む棘。

残されたのは、涙に濡れた幾枚もの便箋と、

あの日以来使っていないシャープペンシル。

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らぶい小話詰め合わせ 武野 踊 @o-dole

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