うちわ
バン!
リビングのテーブルで雑誌を読んでいた英二の目の前に、うちわが叩きつけられた。
叩きつけたのは妻の照子。
照子は無言でテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰を下ろす。
英二も雑誌を閉じ、テーブルの脇に置いた。
二人の間にあるのはピリピリした空気と、どこぞのスーパーの広告が印刷されている一本のうちわだけ。
じっとしたまま動かない照子に、ついにしびれを切らした英二が握りしめた右手を大きく振り上げた。
「最初はグー!」
「「じゃんけんぽん!!」」
英二の右手は開かれている。
照子は……チョキ。
「やったーぁ!」
「ううぅ」
がっくりとうなだれた英二はテーブルのうちわを掴み、照子の方に向けてぱたぱたと扇ぎ始めた。
うちわじゃんけんに負けると、一分間相手を扇ぐ。
それが安藤家のルールだった。
うちわを動かしながら、英二は思う。
(テルはグーが半分、チョキが半分。だから俺がパーさえ出してれば行って来いなんだよな……なんでパー出さないんだろうな……)
涼しい風を受けながら、照子は思う。
(英二君って最初はグーの後は、ほぼパーだすんだよね……扇ぎたいときはグー出せばいいし、扇いでほしい時はチョキ出せばいいから楽なんだけど……なんでパーが好きなんだろう?)
一分後。
(といいつつ、本当は二、三分経っている)
英二の手が止まり、照子は席を立つ。
「何がいい?」
「抹茶。なかったらチョコ」
「はーい」
それは敗者に与えられる報酬。
おやつのアイスの種類が選べるという特権だった。
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