回転寿司

「ね、今日は……」

彼がこういう切り出し方をする時、後に続く言葉の種類はそう多くない。

私は、ぱっと横を向いて、彼の言葉を横取りした。

「お寿司、食べたいね」

「うん!」


席に着いたら、まず彼はお茶を淹れる。

私はその隣で二つ分の醤油皿に醤油を入れて、ガリを横に乗せる。

そして、二人でメニューを眺める。

何度も来た事があるこの店だけど、時期限定の品をバラエティ豊かに用意しているので、メニューは毎回端までちゃんと見る。

でも結局、最初に頼むものは決まってる。

「赤だし二つ」


「昔からね」

「うん」

すぐに運ばれてきたお味噌汁を飲んで、彼がこう言った。

「うちでいいことがあった時は、寿司だったんだ」

「へえ」

「だからなんとなく、寿司ってご褒美なんだよ」

「何かいいことあったの?」

「うん、ちょっとね……おっと」

彼が、流れていたイカとマグロを取る。

「源平セットだよ」

「げんぺい?」

「源氏と平氏の戦いになぞらえて。それぞれの旗印の色だよ。はい、源氏」

笑って渡されたのはイカの乗ったお皿だった。

「知らなかった?」

「うん。一つ賢くなった」

私は源氏の一人を平氏の皿に入れ、代わりに平氏を一人箸で摘み上げた。

「こうすれば平和なのにね」

それぞれの皿に、イカとマグロのお寿司が一つずつ。

お寿司が二個セットというのは、とっても都合がいい。

ちょっとずつたくさんというのが幸せ。

「まあね。でも戦争だからね、しゃっきりした噛み味ばっかりじゃないよ」

彼が店員さんを呼び止める。

「アナゴと、ハマチ、ホタテと赤貝、あとウニとカニ味噌」

店員さんはメモも取らずに威勢のいい挨拶を残して調理場へ向かった。

私は前の方をもう忘れてるのに。

「カニ味噌って珍しいね」

「ん。でもさ、ドロドロしてるものも美味しいものだよ」

「ふーん」

お茶を飲んでいたら、注文したものが次々と運ばれてくる。

アナゴとハマチ以外は分け合って食べる。

ハマチは私の好物で、彼がちょっと苦手にしてるものだから。

アナゴはその逆。

「美味しいね」

「うん。よかったね、土曜日なのにお店すいてて」

そう、私達のデートはいつも土曜日。

社会人の彼はお休みの日が土曜日だけ。

大学生の私も、もう少ししたらきっと働き始める。

そうしたら、どうなるのかな。

今よりもっと逢えなくなるのかな……

「ああそうだ」

「ん?」

「いいこと」

「ああ、何かあったの?」

「うん。明日、休みになったんだ」

「ほんと?!」

「うん。今日はずっと一緒に居られるよ」

「そっかぁ……」

弱みを見せるのは、ちょっと悔しいけど。

うふふ。

嬉しくて頬が緩んでしまう。

私はパッとメニューを手にして、次の皿を選び始めた。

「エンガワと、サーモン」

「はいはい」

彼がまた店員を呼ぶ。

私の言ったものを注文してくれる。

その間に、中身がなくなった二人分のお湯のみに、私がお茶を淹れる。

それから何枚か二人でお皿を空けて、私はごちそうさまと手を合わせた。

「今日はずいぶん食べたね。……で、白玉団子はいいの?」

「いいの。今日は」

白玉団子はお決まりのデザート。

三つのうち二つは私が食べて、一つは彼が食べる。

でもこの日は頼まなかった。


店を出て、手を繋いで、少し歩き始めてから、私は彼の顔を見上げるようにして言った。

「ねえ、この後……」

そうしたら、彼がパッとこっちを向いて、私の言葉を横取りした。

「ケーキ屋さんに寄ってから、君の家に行こうか?」

「うん♪」

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