名前

僕が、名前で呼んでいいかいって聞いたのは、一種の形式美だったんだ。

苗字で呼ぶのが余所余所しいとは思っていたけれど、それほどに深い意味があるわけではなかった。

名前なんてものはただの記号だから。

そして、恋人同士なんて関係の二人には、きっと暗号のようなものが必要なんだろうと思い込んでいたから。

だから、正直な話をすると、君がとても喜んだことに、僕は少し驚いてもいた。


でもね、最近ちょっとわかったんだ。

形式美にも理由があるって。

その形式を、美しいと思う心があるから、スタイルは確立されていくんだね。


君が呼ぶ僕の名前は、他の誰かが使っている無機質な記号じゃなくて、僕だけを目掛けてやってくる。

それは、なんだかとても嬉しくて、少しくすぐったくて。

呼ばれて振り返ると君が居る事に安堵を覚えたりして。


君の名前を僕が呼ぶ時には、君の事を僕のものにできたような気分がして、嬉しくて少し怖くもあって、でもやっぱり嬉しくて。


僕は初めて、僕に名前があってよかったと思ったんだ。

同時に、君の名前を知る事ができてよかったってね。


まあ、君がこの事をどう思っているかなんて、恥ずかしいからとても聞けやしないけれど。

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