慌ただしいはじまり

その朝は何か変だった。

何が、と言われると一つだ。

目の前に、見知らぬ女の子がいる。

ただそれだけだ。

昂太は少女と向き合っていた。さっきベットの中にいた少女と。

「あ、あの……!」

少女がうつむきながら口を開く。

「な……何?」

ぎこちない。二人とも顔が真っ赤だった。

「す……すいません!私…出すぎた真似をしてしまって。や、やっぱり止めといたほうがよかったですよね……」

少女はなんだかちょっと泣きだしそうな顔で恥ずかしそうに喋った。

そんな彼女を見て昂太は、心にガード不能の衝撃を受けた。

(か、可愛い……)心臓がバクバクいっていた。

まあ、それまで色々とあったのと彼女のその服装が主な原因だったのだが。

「で、でも"人"って朝起きた時にキ、キスをするんですよね?えっと……"おはよう"のキスを……」

彼女はいたって真面目にそう言った。

その仕草と言った内容が、昂太にはすごくおかしく感じられた。

「プッ……。それ何だよ?変なやつだな、君。そんなの、マンガやドラマの中でしかやらないよ。」

ハハッ、と声に出して昂太は笑った。

今までの気まずさは何処へやら、すっかりいつもの調子に戻っていた。

「え……!?じ、じゃあ私!?」

少女はまた顔を真っ赤にし、うつむいた。

昂太は気を取り直して、顔を引き締める。

「……今度はこっちが聞く番だ。君は誰?と言うよりも、何者?かな。何で俺のベットの中に?」

真に迫った表情で、問い詰めるかの様な声で問い掛ける。

気を許してはいけない。

彼女は何が目的でこんな所にいたのか?昂太はまず、それが知りたかった。

だがそれが、彼女を恐がらせる事となった。

「う……あの…あっ……」

今度こそ泣きだしそうな……いや、もうすでに目には涙が浮かんでいた。

「ご、ごめんなさいっ!」

そしてまた謝った。

「私……ただあなたに恩を返したくて……!助けてもらった恩を……」


「ちょっ、ちょっと待って。助けた?俺が、君を?」

彼女はコクりとうなずいた。

「でも、君を見るのは今日のこの時が初めてだよ。もしかしたら、人違いじゃ……」


「あっ……この姿じゃあ、わかりませんよね。」

昂太はこの言葉を聞き、何が何だかわからないという顔をした。

それを彼女は察したようで、自分の着ている(昂太の)長袖のTシャツの袖をまくった。

「その腕……!?」


「この包帯、昨日あなたが巻いてくれたモノですよ。」

彼女は何故か胸を張ってえっへん、と誇らしげにしていた。

しかし、昂太はそんな包帯の事よりも別な事に目を奪われていた。

「まるで……鳥の翼……!」

その包帯を巻いた腕には羽が生えていた。

昂太が言うように、それは鳥の翼に見える。

「君は……一体……?」


「えっと……とりあえず簡単に言うと……昨日、あなたが助けたスズメです。」

………………まあ、それからしばらくの間、沈黙が流れたのだけれども。

その間、昂太は必死に考えていた。

目の前の女の子の事、昨日のスズメの事、そして今の現状。

それらを紡ぎ合わすと、彼女が昨日助けたスズメだという事が理解できる。

現にケージに入っていたスズメはいない。

代わりに翼の様な腕を持つ少女がいる。だが、納得はいかない。

「まあ君の言った事は信じるよ。でも一つ聞きたい事がある。どうして君は人間の姿をしている?どう考えても不可思議だろ?」


「それが……私にもわからないんです。ごめんなさい……」

また泣きそうな顔をする少女。

「な、泣かないで!俺が何か悪いみたいじゃないか!」


「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」


「だぁっ!謝らないで!君が悪いんじゃないんだから!」

昂太はふと時計を見た。

7時15分。

いつもは7時ジャストに起きている。

学校が始まるのは遅い方なので、もう少し遅く寝ていても遅刻する事はないのだが、誠一を起こし朝食を作らなければならない。

なので早起きは昂太の体に染み付いている。

というよりも、そうしなければ遅刻する。

「ヤバい!早く親父を起こして飯作らなきゃ!」

今からならギリギリ間に合う。

昂太はそう考え、誠一の部屋に向かおうと部屋を出た。すると、少女がついてきた。

「あ、あのぅ……私に何かできる事ないですか?」

思わぬ援軍、だった。

「それじゃあ、親父を起こしてきて。この廊下を真っすぐ行ってつきあたりのトコだから。……襲われそうになったら全力でブン殴るといいよ。」

冗談混じりでそう言う。

あのエロ親父ならしかねんが。昂太は方向転換しキッチンへと向かう。

「起こしたら君も親父と一緒に来て!まだ他に話すことあるからさ!」

昂太はそれだけ言い、キッチンへと向かった。

「……」

少女は頬をほころばせていた。

うれしいのだ、昂太の役にたてると思うと。

そう思えばこんな人間の姿になれてよかったとも思える。

まずは自分に与えられた役割をこなそうと、誠一の部屋に行き、中に入った。

誠一は寝ていた。

しかもかなり熟睡している。

少女は誠一を揺さ振ってみた。

起きない。先程よりも力を入れ揺さ振ってみた。起きない。今度は布団ごしにバフバフ叩いてみた。起きない。と思ったら、微かに誠一の目が開いた。

「あ、おはようごさいます。」


「ん〜、昂太?じゃない……。誰、君?眠いんだけど……」


「えっと……とりあえず後で説明するので、起きて下さい〜。」

誠一の二度寝を阻止しようと頑張る少女。

起きない。起きない。どうしようかと思っていた所に昂太が来た。

「やっぱり何か心配だから来てみれば……。親父は簡単には起きないからなぁ。」


「ごめんなさい……」


「だから謝るなって、まったく。それ、君の悪いところだな。」


「ごめんなさい……」


「……まあいいや。耳、塞いどいて。今から親父、起こすから。」

そう言い昂太は誠一の頭上へと近づいた。そして思いっきり息を吸い込み……

「起きろぉぉぉっ!!クソ親父ぃぃぃぃっっ!!!」

ハンパなくでかい声で叫んだ。

鼻や口を塞げば簡単に起こせるのにあえて叫ぶ。

そうするとなんだかスッキリするので、昂太は毎朝叫ぶ事にしたのだ。

「おぅ?昂太……。おはようさん……」


「親父、とっとと起きて飯食うぞ。色々あっていつもより起こすの遅くなっちまったんだ。先に食っとくから、親父も顔を洗ってから来いよ。」


「お〜ぅ、わかったぞ〜。」

昂太と少女は寝呆け眼の誠一を置いてキッチンの方に向かった。

「あの……放っておいていいんですか?」


「一度体を立てれば親父はもう寝ないよ。それに飯を作ったままだから早く戻らなきゃヤバい事になる。」

昂太はキッチンに入ると、火にかけたままのフライパンを巧みに使い、中のベーコンを宙でひっくり返した。

「上手ですね。」

少女が関心したように見る。

「伊達に何年も作っちゃいないからね。嫌でも上手くなるさ。」

次は目玉焼きに取り掛かるようだ。

「でも、普通は……」

そう言いかけて、少女は言うのを止めた。

聞かないほうがいいと思ったからだ。

聞けば、彼を傷つけるかもしれないと思ったからだ。

昂太の料理の技術は素晴らしかった。

目玉焼きは黄身を半熟にして、サラダも素晴らしい色合いで作った。

「さて、食べるか。」

椅子を横に並べて座り、昂太と少女は今さっき出来上がった朝食を食べる。

今日の出来はまあまあだな、と昂太は言う。

「そういや、まだ自己紹介していなかったっけ。俺は鈴原昂太。君は?」

彼女は少し顔を曇らせ、俯きながら言った。


「名前……無いんです。私たち鳥は、親から名前なんて付けられないから……」



「ゴ、ゴメン……。そ、それじゃあさ、俺が名付け親になってあげるよ。君さえ嫌じゃなければ。」


「え……?いいんですか?」


「うん。え〜と……"空"なんてどうかな?」


スズメ→鳥→飛ぶ→空という風に考えたのだろう。

もう少し捻ろうや。


でも、少女はその名前が気に入ったらしい。

「"空"……。いい名前です。ありがとうございます!」

彼女は頭を下げて昂太に礼を言った。

「それじゃあよろしくね、空?」


「はい!こちらこそ!昂太さん!」

二人は向き合って、少し頬を赤くしてそう言った。

「お〜うおう、このバカ息子が。青春してるねぇ〜。」

顔を洗って、すっかり目の覚めた誠一がそんな二人を見て、冷やかすかの様にそう言った。

「う、うるさいっ!このクソ親父!」

更に顔を赤くして、昂太が叫ぶ。

「それよりいいのか?そろそろ出なきゃ遅刻だろ、学校。」

現時刻8時15分。

学校は8時35分までに教室に入らなければ遅刻になる。

走って15分くらいかかるので、あと5分で用意しなければならない。

「ヤ、ヤバい!えっと、空?俺が学校に行ってる間、俺の部屋でいて。昼飯は親父がなんとかしてくれるだろうから。あと、親父に襲われないように気を付けて!」


「誰が襲うかっ!ってちょっと待て!この子は一体誰なんだよ!?」


「説明は空から直接聞いてくれ!」

部屋に戻り、着替えを済ませ、鞄を持って慌ただしく出ていくまでの間に昂太はそれだけ言って学校に出掛けた。

とりあえず、冷めてしまうともったいないので、誠一は朝食を食べ始めた。

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空を舞う日 西シノブ @nishi_shi

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