助けたいんだ

「親父っ!こいつを助けてやってくれ!」

怪我をしたスズメを手のひらに大事そうに抱える少年――鈴原昂太は獣医である自らの父――鈴原誠一に頼み込んだ。

「ムリだな。」

きっぱりと誠一は断った。

「なんでだよ!?」


「忙しぃンだ。見てわかんねぇか?それにそいつには手の施しようがねぇ。」

ケージに入れられている入院中の動物たちの診察と昂太の手のひらの上のスズメを見るのを交互にしながら誠一は言う。

「手の施しようがないって……!そんな!?」


「勘違いすんな。その応急処置だけで完璧なんだよ。俺がやれる事が無いくらいにな。……まったく、末恐ろしい。」

末恐ろしい、とは技術の事を言っているのだろう。

「この感情的な性格がなけりゃあ最高なんだがな、獣医として。」


「感情的なのは親父の血だろ。それに言っとくけど、親父の後を継ぐ気はねぇから。」


「ハァ〜、何で母さんの性格に似なかったんだ。もったいない。」

後を継ぐ気はない、という言葉を完璧に無視する誠一。

こういう事はいつもの事だったので昂太もそのままスルーする。

昂太は父親の誠一や親しい相手にはこんな態度をとっているが元々はおとなしく、どちらかというと知的な方だった。

学校やご近所では利発な人として通っている。

「親父、鳥のケージない?こいつ、入れてやろうと思って……」


「あるに決まってんだろ。ちょっと待っとけ。」

と、棚の上に手を伸ばしその手をすぐに下ろした。

手には籠が。その時間、わずか三秒。

「ほら、持ってけ。」


「早いな、オイ……」

とりあえず父に感謝し、昂太は自分の部屋に続く階段の方へ向かう。

鈴原家は一階が診療所となっており、二階が生活居住区となっている。

横に広いので部屋のスペースも広い。

幼い頃、もう一階分は欲しいと思っていた昂太だったが最近はこれはこれでいいとも思っている。

昂太は自分の部屋に入り、手にいるスズメを籠の中にいれた。見るかぎり弱っているようだ。

「元気になれよ……」

そんなすぐに良くなるわけないが気休めみたいな感じで言う。

昂太はベッドに仰向けになって寝転んだ。



「母さん、か……。親父のヤツ。思い出してしまったじゃないかよ……」



母親の事を思い出す。


笑顔が素敵で、面倒見がよかった。


自分だけでなく親父の世話まで見てた気がする。


親父が陽だとすると、母さんは陰。


でもそれは暗いって事ではなくただちょっと引っ込み思案で口下手なだけだった。

そういや親父は母さんをおとすのに苦労したといっていた。

シャイで男の人にあまり免疫のない母さんは確かにおとすのが大変そうだ、と今この歳になって思う。


「母さん……」


一つ、涙が目尻から流れ落ちた。

母親が恋しい歳でもないのに。

もう17にもなっているのに。

でも、母さんがこの世からいなくなったあの瞬間を思い出すと、涙が溢れてくる。


「バカだな、俺は……。こんなにも涙を流してさ……」


母さんは、心臓を患わっていた。

死にゆく際に、じっと見ているしかできなかった。

助けたい。そう思っていた。だけど何もできない自分がいる。母さんがこの世からいなくなった時、自分に誓った。


「親父……ゴメン。でも俺はあの時に誓ったんだ。絶対に、医者になるって。母さんみたいに苦しんでいる人達を助けていくんだって。」


昂太はいつもの独り言を言っていた。

ただし、この言葉は決意を再確認するための独り言だった。

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