第101話 公国編Ⅳ 回想『アルマテリアル・キンドイナール』


「知られているから、どうしたというんだ?」




「何を言っているアルマテリアル。お前が討たれれば戦前は崩壊する」




この戦場、戦況においてグラハラム軍において一番に避けなければならないことは『不死の軍団』を維持するアルマテリアルが不動に討たれることである。




そのために、アルマテリアルの退避を進言したつもりであったガルシアルだが、返ってきた反応は思っていたものとは違った。


ガルシアルの進言を受けて、その提案事態を小ばかにするようにアルマテリアルは鼻で笑う。




「所詮は雌に飼い慣らされた腰抜け共か。ぐはははは!!牙を抜かれた同胞は見るに耐えないなぁ!!」




「……何が言いたい?」




「おいおいおい、殺気を放つのはやめろよなぁガルシアルぅ。思わず殺してしまうだろう?我らの敵は眼前の勇者だぞ?」




ガルシアルが所属する第三師団団長、モティック・ルルフプットはグラハラム軍唯一の女性の団長である。


元来、力こそが物を言うこの世界において性別の違いは特に深い意味を持たず、女性であれ男性であれ力を持っていれば上に行ける世界でもある。




しかし、アルマテリアルは女性を軽視しがちな面を持っており、そもそも普段より自らの師団以外の師団を見下している節がある。


それ故の、自らの団長を馬鹿にする発言にガルシアルは、見過ごすことができなかった。




ガルシアルの拳は強く握られ、それを感じ取ったアルマテリアルは諫めるように言葉を紡ぐ。




「元より、我らに逃げるという選択肢は残されていない。我が限外能力は我が視界に入っている者だけがその恩智を得ることができるものでね。ここを動くことは『不死の軍団』の壊滅を意味する」




落ち着き払ったアルマテリアルの声音に、ガルシアルは息を呑む。




「そんな条件は初耳だが」




「馬鹿か。おいそれと条件を明かすわけないだろぉ?しかし、あの衝撃を何度も繰り出せるとはなぁ。アレでは我が軍では荷が重かったか。だが、さして問題は無い」




アルマテリアルは今もなお衝撃によって吹き飛ばされる自軍の兵を、吹き飛ばしながら恐ろしい速度でこちらに駆けてくる不動青雲を視界に捉えながら、その鍛え抜かれた肉体を準備運動でもするかのように動かしながら呟く。




「今までもいた。『不死の軍団』を目の前にして戦意を喪失し、しかし、その根源である我を見つけ出し勝利の笑みを浮かべた敗れた強者共がね」




過去。




いくつもの戦場において『不死の軍団』に疲弊し、それでも勝利を願い、根源であるアルマテリアルを見つけた者は幾人もいた。


無限に続く不死者の行軍の中で、やっとの思いで打開策を見つけ、勝利を確信した笑みを誰もが浮かべ、不死者をかいくぐりアルマテリアルの眼前に現れた者が幾人もいた。




誰もが、根源は弱いと思っていた。


その限外能力に頼り切りになり、軍としての力は強くとも個としての強さはないと。




サポート能力に特化した者は、個としての実力は弱いのだと確証もない希望に、その強者は全員が縋りついた。




けれども。




「我は不敗だ」




その誰もが、アルマテリアルに敗北した。




個と個の決戦に打ち破られ、『不死の軍団』など、前座に過ぎなかったのだと思い知る。




アルマテリアルにとって『死傷錯覚』などとるにたらない、強者を選別するための前段階に過ぎない。


元より、限外能力は彼が第二師団長に就任した後になって彼が手に入れたもの。




アルマテリアルは限外能力など無くても、元より、他とは圧倒的な強さを誇る。




アルマテリアルの右手が虚空を掴む。


そこに現れるのは彼の愛剣。


グラハラムより授けられし魔剣『イグノーシア』




「この剣で誰もを屠って来た。この剣は強者しか切らせないと誓ったものでね。『不死の軍団』は良い前座よ」




『イグノーシア』を構え、空を見る。


いくつもの衝撃と共に、降り注ぐバラバラとなった自軍の兵士たち。




「来るぞ、ガルシアル。勇者最強である男が!!」




アルマテリアルの声と共に響く轟音。


アルマテリアルとガルシアルの立っていた丘が凄まじい衝撃と共に崩れ、崩壊する。




「丘を砕くか!!」




ガルシアルがあまりの常識はずれな攻撃に声を荒げる。


崩れゆく丘と共に、その二人の竜人の巨体は同時に降り注ぐ岩をその拳で粉砕しながら、地面へと着地する。




アルマテリアルは『イグノーシア』を振るう。


それだけで、不鮮明にされていた視界は晴れ、その先に人影を映し出した。




「煩わしいことをしてくれたな、雑魚共が」




欠けた槍から再び蛇腹剣へとその形状を戻した『ネームレス』を構えた不動青雲がその表情は無表情ではあるが不愉快さを感じさせる声音で呟いた。




「あまり期待は出来そうにないな」




眼前に立つ二人の自分よりも倍以上の大柄な竜人を見上げ、不動は言葉を零す。




「それは聞き捨てならないな!!勇者不動青雲よ。貴様はここにて首を刈られて終わるまでよ!!我らが師団の武勲になるがよいわ!!」




不動の言葉にアルマテリアルは声を荒げ、地面を蹴り上げ不動との距離を詰め、『イグノーシア』を振るう。


その重戦車のような巨体から振り下ろされる斬撃。


全てを砕き葬るに等しい斬撃……もはや破壊の権化と言ってもいいそれを不動は『ネームレス』で防ぐ。




が、それは悪手だ。




アルマテリアルは口角を釣り上げる。




「っ!!」




不動の一瞬の表情の変化。




受け止め、かち合った『ネームレス』と『イグノーシア』からは轟音が鳴り響き、不動の周囲の地面はその衝撃から彼を中心にクレーターのように割れる。


ミシミシと不動の細い腕が悲鳴を上げ、押しつぶされるかのような重力が彼を襲う。




「馬鹿力め」




不動の呟きと共に、『イグノーシア』を受け止めたいた『ネームレス』は輝きを放ちその形状は折れた槍へと姿を変える。




瞬間。




アルマテリアルは奇妙な浮遊感を覚えていた。


その巨体は凄まじい衝撃を受けて宙に浮いていた。


空に吹き飛ばしたアルマテリアルを追うように不動も飛びそれに追撃をかけるように『ネームレス』を振るう、が。




「俺を忘れてもらっては困るな。勇者よ」




追撃し、『ネームレス』を再びアルマテリアルに振るおうとしていた不動は、握りしめた右手に炎を纏ったガルシアルに思いっきり殴られ地に吹き飛んでいく。




二回りも大きな竜人の拳を喰らい、地に叩き付けられ不動を遮るように砂煙は濛々と舞う。




「アルマテリアル。遊ぶんじゃない」




「ぐはははは。遊んでるわけないだろ!!今の一撃で決めるつもりだった。よもやあの細腕で耐えられるとはな!!」




「そうだ。あれが勇者だ。手応えはあったが効いている気がしないな、あれは」




「おいおいおいおい、炎拳のガルシアルの名が泣くぞ?その言葉は」




「泣かれても構わないぞ。アレは」




背中に生えた二対の翼をはためかせ宙に浮かぶ二人の竜人は段々と薄くなっていく砂煙を視界に捉える。




「無傷、か。化け物め」




ガルシアルが呟いたその先。


砂煙のはれた先、亀裂の入り荒々しく荒れた地に立っていたのは無傷の不動青雲だった。




「少しは、期待できそうか」




無機質に、上空の二人の竜人に向って呟く不動。


その口角は誰にもわからないくらいにほんの僅かに緩み、彼の心の内を示していた。




無傷ではあるが渾身の一撃をその身に喰らった。




油断していたわけでもなく、完璧に隙を突いたその一撃に不動は素直に称賛し、そして、冷めていた心は徐々に温かみを帯びていく。




やっと楽しめる、と、『ネームレス』の柄を握る手に力を入れて。




瞬間、空間が震えた。




響き渡る怒号と降り注ぐ業火。


『不死の軍団』が再生を終え、示したように一斉に不動の下へとなだれ込み、抑え込む。




第二師団の騎竜兵、第三師団の歩兵。


千を超すその軍団はただ不動の行動を邪魔するように、壁のように覆いかぶさり、たとえ直ぐに吹き飛ばされたとしても、再び戦前に加わり、ただ不動の行動を防ぐことだけを目的として震えたっていた。




空中。




アルマテリアルは構えた。


魔剣『イグノーシア』は暗黒の輝きを放ち、黒を纏い白を消す。




ガルシアルはその右手に業火を纏い天を穿つ。


天に出来るは獄炎。すべてを焼き尽くし、すべてを無に返す『炎拳』の由来ともなる究極の技。




「感謝するぞ。我が軍団よ。貴様らの名は我が称えよう。我が語り継ごう。勇者を屠った英傑とな!!」




アルマテリアルは叫び、その叫びは鼓舞となりさらにうねりを轟かせ、空間を揺らす。


吹き飛び、群がり、吹き飛び、群がり。




宙に舞う鮮血は空を赤一色に染め上げ、肉片は舞う。




けれども、不動が一切見れなくなるほどに覆いかぶさるように進軍する第三師団歩兵と第二師団騎竜兵。




「今ここに、英傑達は誕生した!!」




それは、既に死んでいるから創り出せる時間であり、だからこそ巻き込んでも為せる技。




「『炎獄』」




天に揺蕩う全てを焼きつくす獄炎はガルアシアルのその言葉と共に地に落ち。




そして。




ただ、一言。




「『イグノーシア』」




アルマテリアルはその名を呟き、『イグノーシア』を振るう。




空間が軋み、世界が揺れる。


白が消え黒となり。


世界から一瞬、色が消えた。




















焦土と化し、ただ凄まじい嵐のように煙は舞う。


その地に最早面影はない。




近くに存在した町も何もかもが『獄炎』で焼き尽くされ『イグノーシア』に殺された。




ただそこ広がるのは凄惨な光景。




全てを出し切った終わりの一撃。


肩で息をするアルマテリアルとガルシアルは煙が薄くなっていくのを視界に捉え、静かに待った。




終わりだ、と二人は信じて疑わなかった。


お互いの最高の一撃。


それは一人の相手へと屠る一撃にしてはあまりにも大きい。




それこそ。この連撃を耐えることが出来る存在など。


魔王と呼ばれる存在だけだと、そう思考し。




「これが、勇者最強と言われる男かッ!!」




アルマテリアルの渇きにも似たその声。




その瞳は余りにもあり得ない真実を映す。




「最高だ」




『炎獄』と『イグノーシア』を放った中心地点。


無機質な声はそこに木霊し、その姿を現す。




「まさか、ここまで俺を楽しませてくれるとは。あぁ、最高だ」




頬にある矢の掠った傷跡以外の傷は無く。


服すらも破れた箇所も燃えた箇所も無い。




連撃を放つ前と何も変わることのない不動青雲がそこには立っていた。




ただ違うのは、彼には似合わないほどに歪んだ表情。


快楽に歪むその表情は、ただ恐怖だけを彩り、それを見た者は恐怖一色に染め上げられる。




現に、蘇った竜人たちは絶望をその表情に浮かべ、その場に武器を落とし膝から崩れ落ちた。


たとえ死んでいたとしても、その恐怖は色褪せない。




誰かが呟いた。




「ここは地獄だ」




と。




「まだだ。まだ我らは負けたわけではない!!我らは英傑だ!!勇者を討ちその名を歴史に刻む英傑だ!!ここで諦め惨めにその亡骸を晒すか!?友に、家族に、恋人に、その死は無駄だったと伝えられたいか!?武器を持て!!」




落ち欠けた士気がアルマテリアルの言葉で再び目覚める。自らは英傑になる者だと、その心に刻み付ける。




武器を持ち立ち上がった。


地を蹴り地獄に向かう。


空を仰ぎ地獄へ向かう。




アルマテリアルは『イグノーシア』を握り。ガルシアルは拳に再び炎を纏い。




第二師団団長。第三師団副団長。第二師団騎竜兵部隊、第三師団歩兵。




「いいぞ」




士気を高め、空間を軋ませながら、地獄へと英傑達は向う。




「俺をもっと楽しませろ!!」




地獄の中心で、勇者は呟いた。






























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歪に崩壊した大地に最早命は無い。


草木は消失し、焦土と化した。




その焦土と化した大地に転がるのは無数の真新しい肉片。




その中心に、その全てを弔うように魔剣『イグノーシア』は突き立てられていた。




「次は、そうだな。こっちか」




何かを直感的に感じ取った感じ取った不動は、そこへと向けて歩き出す。








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