第100話 公国編 回想Ⅲ『不死の軍』

砂塵が舞い、爆炎が舞う。


空に漂う無数の飛竜に乗った騎兵は一つの対象めがけて一斉に炎のつぶてを吐き、着弾点は爆破する。




砂塵が舞う中で、対象と思われる影を視認した竜人は各々の武器を握りしめそれへと突進する。




が、一陣の風と共にそれらの上半身は下半身と離れ鮮血を乱しながら崩れ落ちる。




「面倒だ」




砂塵が晴れ、そこには一人の少年を映し出す。


帝国勇者、不動青雲。




彼は、空に舞う無数の騎兵と数を数える程もバカらしくなるほどに囲まれた竜人を視界に捉え呆れたように呟く。




彼が転移された先。


それは英雄王正義がエステリゴの下へと転移させられたように、不動青雲もまた、同じように敵の強者の下へと転移させられていた。




そして。


転移させられた先に待ち構えていたのは無数の竜人と飛竜に乗った騎兵。


それらの無限にも続く特攻を、特に表情を変えることなく受けきっていた不動は、長時間に渡るこの無駄な攻防にいい加減飽きたのか、その表情は苛つきを帯びるものへと変わっていく。




「キリがないな」




囲まれ、ひたすらに火炎のつぶてを放つドラゴンと様々な種類の遠距離魔法を飛ばす竜人達。


そして命すら惜しくないと、不動に突進をしかけその首を取ろうとする。




不動青雲を囲む竜人、ドラゴンの数は千を超えていた。


進もうにも進めず、迫りくる竜人を切り裂き、被弾する遠距離魔法と火炎のつぶてを捌く作業だけに押し留められ不動は文字通り足止めをされていた。




そして。




「貴様は殺した筈だが?」




不動は迫りくる一人の竜人を切り裂き呟く。


その竜人はつい数秒前に切り伏せた筈の竜人。確かに、切断した証拠に腹部は血でぬれ装甲は裂かれ破損していた。


にも関わらず、再び上半身と下半身はくっつき活動を開始していることに不動は微かに眉を潜める。




見れば、切り伏せた竜人はどんどんと起き上がり再びその手に各々の武器を持ち不動に襲い掛かかる。




不動がいくら個で優れていようが、数による圧迫は不利だ。




周囲の生き返った竜人を切り伏せた直後、飛来した矢が不動の頬を掠め血が流れる。




「……群れた雑魚め」




不動はその口調に苛立ちを伴いながら言葉を吐き捨てる。


彼は戦闘狂である。しかし、無数に襲い掛かる雑魚を切り伏せる作業ともいえる戦闘ではなく、一対一の個における純粋な命の取り合いにこそ悦を感じる。


今この状況は不動にとっては苛つきしか感じさせていなかった。




不動は周囲を見渡す。




殺しても殺しても、それでも生き返るこの不死の軍団。


まさか一人一人が不死性を持っているわけはない、そう思いながらこの不死の軍団の根源を探す。




しかし、徐々に溢れかえる竜人。降り注ぐ火炎のつぶてが視界を遮る。


酷い土煙と響き渡る無数の咆哮に遮られた視界不良なこの中でその根源を探すことは不可能だと。




そう感じ取った不動は『ネームレス』の能力を開放する。




「退け、雑魚ども」




突進し武器を振るう竜人。飛来する火炎のつぶて。


その全てを人智を超えた直感とスペックで避けながら、不動の手の中にある『ネームレス』は蛇腹剣からその形状を変える。




一瞬、蛇腹剣状の『ネームレス』は輝きを放ち、それは収束する。




「貴様ら如きに使いたくはなかったんだがな」




『ネームレス』は槍の形をしていた。


それは、歪に歪み、穂先は欠けていた。




「ネームレス自体に名は無い。決まった形があるわけでもない」




不動青雲の固有武装『ネームレス』。


それは3つの形状を持つ武器だ。


蛇腹剣。穂先の欠けた槍。そして、折れた刀。




それぞれが勇者クラスの固有武装に匹敵する力を持ち、その全てを不動青雲は使うことが出来る。


限外能力を使うまでもなく、固有武装だけで圧倒的な戦力を誇る不動青雲。


これこそが不動を帝国最強たらしめている一つの理由でもある。




「名をつけるまでもない。ただ塵芥となり消え失せろ」




不動青雲はただそれを振るう。


虚空へと。




誰を狙っているわけでもなく、誰が狙われたわけでもない。




瞬間。




凄まじい轟音と共に、不動の周囲に群がっていた竜人はすべて吹き飛んでいく。


その衝撃波の影響を受け、空に浮かんでいた騎兵はその衝撃に耐えられず次々と落下していきその数を半数までに減らす。








竜人達は絶句した。




全てを吹き飛ばし、劣勢を一瞬でひっくり返した帝国勇者最強と言われる不動青雲のその圧倒的なまでの力に。




「凄まじいまでの実力!!あれが勇者!!」




不動のいる戦場の一面を視認でき、それでいて距離をとることのできる丘の上で一人の竜人は呟く。


その声音は興奮に満ちていた。




その竜人の名は、アルマテリアル・キンドイナール。


グラハラム軍第2師団団長において『不死の軍団』の代名詞を持つ男。


陽気そうに表情を歪めて、楽しそうに笑う。




「相変わらず貴様の闘い方は気に喰わんな。我が第3師団を捨て駒にするとは」




その声に、隣にいる一人の竜人、ガルシアル·ユードナベントが不快そうにつぶやく。


数少ない金赫竜の一頭であり、魔王グラハラム軍第三師団副師団長だ。


金の光沢に輝く竜鱗で全身を包む五メートル台の二足歩行の竜人は鋭い牙を見せながら、同じく戦況を見ていた。




第三師団と第二師団の連合軍からなる現戦場の兵士たち。


屠られる第三師団の歩兵を視界に捉え、その表情は不快なものへと歪む。




「勇者を打ち取れる。この名誉に勝るものはあるかぁ!?」




「その結果命を落としたとしてもか?」




「あぁ、そうさ。勇者を打ち取った功労者は永遠にその名を我らの歴史の上に刻むことになるだろう。そしてその家族は英雄の家族と称される。所詮一つの師団の下っ端共。どうせこれからの戦においても十分な戦果も上げられやしない。なら、勇者を打ち取った英雄として名を残すのは、本望だろう!!」




「だが、気に喰わん」




「今回、我が不死の軍団に加わるのは志願制だぞ?強制したわけではない。ガルシアル。貴様は見守っていればいい。部下が華々しい戦果を挙げるのをな」




第二師団は騎竜兵を主とした飛行部隊として編成されている集団である。


が、第二師団には別名として『不死の軍団』との異名を持っている。




グラハラム軍第2師団団長アルマテリアル・キンドイナールは限外能力を持つグラハラム軍でも数少ない実力者である。魔王クラスではないが、それに匹敵するまでの実力を持つ。




限外能力『死傷錯覚』。




一定時間、その限外能力を受けた者は死を錯覚する。


死しても死なず。それは錯覚となり再び復活させる、不死身を作り出す限外能力。




しかし、その錯覚が切れれば『死』という現実は降りかかり死んだ事実は変えられない。


だから、この戦闘が終われば今戦っている無数の第三師団の歩兵竜人、第二師団の騎竜兵は死に至るだろう。




けれども、それで勇者を打ち取れるのなら安いものだ。




「確かに不動青雲は帝国最強を誇る実力に偽りないものを持っている!!だがしかし!!我が不死の軍団を前にしては無意味!!不動青雲がいくら我が軍を屠ろうが、無駄!!無限に沸く軍にいつかは息絶えるだろう。我等が王、グラハラム様のためにその命を散らせ勇敢な英雄たちよ!!」




丘の上から声を張り上げ鼓舞をするアルマテリアル。


しかしその声は届くはずもない。だが、兵たちへその鼓舞は『死傷錯覚』を通して伝わり地響きを起こすほどの咆哮を響き渡らせる。




不動青雲に吹き飛ばされ、粉みじんにされた竜人もその身体を再生させ、咆哮を上げながら再び戦前に復帰する。




「ぐははははは!!勇者といっても我が能力の前にはこの程度よ!!疲弊し、疲労し、その首が我らが軍の英傑に駆られる姿が目に浮かぶ!!」




端から勝利を確信し、高らかに笑うアルマテリアル。


彼はグラハラム軍第2師団団長に就任してから戦では負けなし、その言葉に敵うだけの手柄を立てていた。




「アルマテリアル」




高らかに笑うアルマテリアルの隣で、ガルシアルは呟く。




「即座にこの場から離れるぞ」




「あ?何を言って……」




「ここが不動に知られたようだ」




丘の上から見渡す戦場のその先で、不動青雲は確かに、アルマテリアルとガルシアルの姿を捉えていた。












































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