第102話 公国編 回想Ⅴ『龍人の魔術師』

蜜柑は平野に立っていた。




予定とは明らかに違う転移先に蜜柑は戸惑いを隠せなかった。




ここが何処なのか?


己が何故こんな場所にいるのか?


一体誰が?




そんな数々の疑問が頭に浮かび上がるが、蜜柑はそれを振り払う。


そして、自分が真っ先にしなければならないことを把握し、動き始める。




幼女おさなめさんと合流しなければ。




不動青雲や英雄王と違い、幼女は勇者にしては身体能力が低く、その代わりに遠距離、補助に特化しているタイプであった。


そんな彼女がこの状況で一人でいることの危険性を把握した蜜柑は能力を発動、展開する。




『同型模写』発動、『感覚境界』展開。




蜜柑は模擬戦を見ていた時九図ヶ原の限外能力をコピーしていたのだった。


といっても能力の性質上完全にコピーすることはできず、一段劣った能力になってしまうのだが、それでも勇者の限外能力というだけあって不可視のドーム状に広がった領域は街の半分を包み込んでいた。




「うっ……」




突如、膨大な情報が蜜柑の頭に流れ込む。


脳に送られる無限に近い情報を人の頭だけで管理するのは不可能な事であり、結果、蜜柑の思考すらも飲み込み、脳が割れるように痛み、吐き気を感じ前屈みに倒れこんでしまう。




蜜柑は慌てて全ての情報をシャットアウトした後に、今求める必要な情報だけを絞りこむことで頭がパンクしないようにする。




「ふぅ」




試行錯誤のすえ、ようやく能力の制御が出来一息つく。


冷や汗が顎を伝わり、床に落ちる。




限外能力というものは人の願望の形であると同時にその人に適した能力になる。


つまり、限外能力とは勇者個人の為に調整されたただ一つの固有の能力であるのだ。




そのため、他人が使う事などよほど器が大きくない限りまず不可能な事であり、普通ならそれをコピーしたとしても容量オーバーで死んでしまうだろう。




しかし、蜜柑の限外能力はその問題を一段あえて他人の能力を劣化させたものをコピーするという事にすることで、蜜柑の身体の限界に合わせた調整が施されていた。




当然、それでも他人の能力を使うということは強引な力の行使であることに違いはなく、身体に相当な負担がかかる。


それを勇者の常軌を逸した身体の頑強さでもってなんとか扱えているというのが現況であった。




一拍身体を落ち着かせてから幼女の位置を確認する。


幸いにも幼女の位置はさほど離れておらず、ここから北東に3キロほどの距離のようで、蜜柑は急いでその方向に駆け出そうとする。








刹那。


蜜柑は跳躍した。




その瞬間、先程まで蜜柑が立っていた場所に轟音と衝撃が鳴り響いた。


濃厚な魔素の残子に、歪み。


脳に送られてくる情報から今の攻撃が魔術の類いだと理解する。


それと同時にそれを行った敵の位置を把握するが、相手は行動を起こさせる隙を与える気はないようで、二段目の魔術を発動した。




魔術の行使は奇跡の行使。


多量の魔素を消費することで世界の法則すらも破り、無数の岩が宙に顕現する。






そして、それは数万の流星の如く、街に飛来した。




周囲にいた魔族すらも巻き込むその大規模な魔術に蜜柑は一瞬、呆気にとられるが、すぐに意識を集中させる。




突然の事態に怯え逃げ惑う魔族を傍目に、蜜柑は瞬時かつ冷静に魔術の解析、分析を始める。




数、69252。


威力、TNT換算平均0.2キロトン。


範囲、四方0.7キロ。


魔術指向、物質の顕現、速度のブースト、硬質化。


魔素量、規模、効力、難度から魔術階梯を推測、結果。


第八階梯、第六階梯、第四階梯魔術の並列行使。








一発一発は大した事はないようですが、直撃するとそのままなだれ崩しでくらう可能性が高い。防ぎきるのにも下手に手の内を見せるのは悪手であるとするならここは全て避けるのが最善でしょう。






数瞬の思考のすえ蜜柑は身体を翻し、宙を舞う。




左下、右、斜め左、そのまま流れに合わせて一回転して右下。




感覚境界により得られた情報を整理し、的確に一つずつ避けていく。


そして、それと同時にこの大規模な魔術を行使した術者へと距離を詰めていく。




しかし、相手も蜜柑の接近に気付いたようで、宮廷魔術士何十人分モノ膨大な魔素の消費を感じ取る。


その得られた情報からから推察するに、第十一階梯に匹敵する魔術であり、如何に勇者とはいえ、致命傷を受ける可能性があると蜜柑は警戒心を強める。










距離にして1キロを切った時点で蜜柑は更に高く飛び上がり、空から大地を見下ろす。


そして、相手の魔術士を視認した。


魔術士は竜の要素が部分的に見てとれたが、他は人に類似しており、蜜柑は僅かに戸惑いを感じた。




竜人の魔術士も蜜柑のその動きに気付いたようで顔を上げ、笑みを浮かべる。


二人の視線が交差し、そして蜜柑の方を指差し、口が動く。










第十一階梯、『腐の風』。
















刹那、魔術士の指先から淡く黒い不鮮明な靄もやが現れ、緩やかな風として拡がり、此方に吹き込む。






蜜柑は『感覚境界』によって魔術が発動したことを逸速く認識すると同時に相手の放った魔術が何なのか理解する。




そして、固有武装、聖槍ブリューナセルクを顕現させる。


蒼を主体とした鮮やかな色に黒の紋様が流れるように描えがかれたそれは長さにして蜜柑の二倍はある長槍であり、切っ先はカブトムシの角のように二又に別れている。




それを振るい、風を巻き起こす。一瞬の間に何度もそれを繰り返すことで風は、微風から強風、突風、竜巻へと在り方をかえていく。


そして、相手の放った不鮮明な魔術と衝突し、打ち消すかと思われたが、結果は逆で竜巻は勢いを無くしていき、最後には霧散してしまう。


その結末を見て蜜柑はぽつりと呟く。




「厄介ですね……」




すぐに蜜柑は正面から当たるのは危険だと判断し、回り込むように迂回し始めるが、黒い風は蜜柑を追うように方向を変える。


しかも魔術士を守るように蜜柑と魔術士の間を動くため、不用意に近づくことも出来なかった。






蜜柑は建物の屋根を飛び伝いながら、状況をどう打開するか思考する。




全てを減衰させ、淀ませ、腐らせる風、ですか……。


今の私では直接あれを打ち消す方法はないですね。


しかし、時間を掛けている余裕も余りありません。


であるならば、勇者の耐久性を生かし強引に突っ込む。というのも悪くないですが、危険性が高いですし、ここは確実に堅実にいくとしましょうか。


余り手の内を明かすのは好きでは無いのですが、四の五の言ってる場合でもありませんし。






蜜柑は足を止め、限外能力を並列で発動する。




『同型模写』発動、『空間移動』展開。




身体に負担がかかるのを感じ取りつつも、蜜柑は前方に始点を拡げる。そして、迫りくる腐の風に接触した瞬間に魔術士の後方に繋げる。




魔術師は魔族なだけあり、即座にその異常を感じ取ったようで前方に跳ぶが、蜜柑は『感覚境界』により、瞬時に相手の動きを把握し、冷静に移動方向にも更に空間を繋げる。それを何度も積み将棋のように繰り返し続け、逃げ場を無くしつつ相手を追い込んでいく。




逃げ場を失った魔術師は覚悟を決めたようでダメージ覚悟でその場から出ようと飛び出るがそれは不可視の壁によって弾かれてしまった。


魔術師はその事実に驚愕しつつ、人間の数倍の力を兼ね備えた竜人の拳を振るうが不可視の壁は微動だにしなかった。




「無駄ですよ」




それもそのはず、その不可視の壁とは『空間移動』により繋げた境界線であるのだから。


蜜柑は『空間移動』は生物を通すことは出来ないというデメリットを逆手にとり、相手の周りを囲むことで脱出不可能の牢獄を造り上げたのであった。


しかもその牢獄には強力な毒入りだ。


その結果、魔術師は自ずが放った魔術によって身体を蝕まれ、崩壊させていく。




「ア、ァァ、ァァ……」




苦しみの呻き声をあげながらも手を動かし、術式を描こうとするが、己の身体が朽ちる痛みにより魔素が安定せず、結果不安定な状態になってしまい、術式は空中で霧散した。




そして、それと同時に竜人の魔術師の身体は完全に腐り崩れ落ちた。


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