第87話帝都決戦 Ⅶ


九図ヶ原戒能は悪魔だ。


ことその異端性においては元の世界においても異質といえる。


九図ヶ原戒能が犯してきた悪事は、数え上げればキリがない。

幾人をも殺し、幾人をも犯し犯させ。

九図ヶ原戒能に少しでも関わって来た人間は誰しもが不幸になる。


それは彼の歴史が証明する。


「あーァ、死んじまった」


彼の手に握られているのはニーナの赤い魔核。

彼女にとって心臓にも等しい其れは、九図ヶ原戒能に剥ぎ取られ握りつぶされる。

粉々に砕けた魔核を手で払いながら、ニーナの視線の先を見る。


涙が流れたその瞳の先にいるのは、身動きが取れず無様に足掻く鎌瀬山釜鳴。


「あー、やっぱ最高だよ。人の大事なモン壊すのは。最高の表情になる」


怒りに満ち憤怒を見せる鎌瀬山の表情に、九図ヶ原戒能は襲い来る歓喜を抑えきれない。

もっと、じわじわと甚振って殺すべきだったか。

そんな思考が過るが、躊躇なく殺さないとこの表情が見れなかったのならそれも考え物だ、とも思考する。


詰まるところ、どちらでもよかった。

誰かの大事なものを壊せれば、彼にとってはどちらでも良いのだ。


横たわるニーナを掴み無造作に放り投げる。

ニーナは宙を舞い、刀身が砕かれたヴァジュラの傍へと転がった。


「わかったかよ雑魚。てめェはそれだけの力を持ちながら、女一人守れやしない。勇者なんて大層な名前貰って喜んでる餓鬼なんだよ、あァ?」


シャルマハトによって拘束され、無様に足掻く鎌瀬山。

それを嘲笑い、歓喜に震える九図ヶ原戒能。


「まァ、もういいだろ。てめェはオレに利用されろや。世界のためにな。良かったなァ、勇者様よォ。最後に人族の役に立てんぜェ?」


笑いながら近づき、九図ヶ原戒能拳を握る。

眼下にあるのは拘束された鎌瀬山。


彼に向けたこの全身全霊の一撃で、この戦いを終わらせ次のステージへと導く。

そう、九図ヶ原戒能が思考していた最中。


「ッ」


九図ヶ原戒能は瞬時に距離をとった。

『境界感覚』が何かはわからないが、何かが自分に襲い掛かるのを察知した。



九図ヶ原戒能が居た場所。

そこには地面から生えた生々しいまでに紅い棘。

それは狙いを外すとドロリと溶けて地面にびちゃびちゃと零れ落ちた。


「しらけるわ。ざけんなよ雑魚が。二流のことしやがって」


九図ヶ原戒能の表情は先ほどまでの恍惚とした表情から一変して、不機嫌に。

苛立ちを隠せないのか、拳を握る力は強くなり血が滴っていた。


「それは……こっちの台詞だ……」


九図ヶ原戒能の視線の先には、鎌瀬山釜鳴が立ち上がっていた。


拘束したシャルマハトを彼の身体から突如湧き出た紅い泥が喰い破り彼を自由にした。

鎌瀬山自身この力が何なのかわからない。

しかし、覚えはある。

この怒りから出る力。一度経験したことはある。

太郎に挑んだ時に出したあの一撃に、この力はよく似ている。

しかし、その思考もすぐに吹き飛んだ。

これが何なのかを理解しようとすることも出来ない程に、鎌瀬山の心の中は一色に染められていた。


これが何かなんてどうでもいい。

目の前の存在を殺したい。

ニーナを殺した屑をこの手で殺したい。


狂った獣のように、鎌瀬山の瞳は揺らぎ呼吸は早く、九図ヶ原を射殺さんばかりにその瞳を真っ赤に染め上げる。


「怒りで覚醒とかよォ。あァ、んなもんでオレを超えられると?舐められたもんだな雑魚が。んなもんでオレとてめェの差が埋まるわけねェだろうがクソザコがァ!!」


「おめえだけは殺す。殺して殺して殺して、殺す。ぶち殺してやらァァァァァァ!!」


九図ヶ原が叫び、鎌瀬山が雄たけびを上げて地面を蹴る。

紅い泥を纏いジャポニカを構える鎌瀬山とシャルマハトを周囲に展開し拳を握りしめた九図ヶ原は再び戦闘の渦へと舞い戻る。


全身から血を流し命を削りながら刃を振るう鎌瀬山を、ニーナの霞んでいく朧げなその小さな瞳に映していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


闘技場は勇者同士の争いから徐々にその姿を崩壊させていく。

闘技場の周囲で、帝国によって創り出された強化兵『ヴィジョンズ』と未だ戦闘を続けていた兵士たちはその凄まじい轟音を聞きながら、自らを鼓舞していた。


この闘技場の内側では味方でる王国勇者鎌瀬山が帝国勇者九図ヶ原と刃を交えているのだと。

自分たちの革命を成功させるために、その力を振るってくれていると。


その手に力を籠め、武器を振るう。


「おい、市民はもう逃げ延びたのか?」


「あぁ。革命直前に騎士団達が逃がしていたらしい。……なにぶん、帝国首都だけでも広い。全員が逃げ切れたわけではないが、大部分はな」


「それなら、良かった」


兵士たちは言葉を交えながら、数人で一塊になってに常に多数対一で闘う。

知能は無いが、その戦闘力は凄まじいヴィジョンズ。

しかし、多人数で連携をとれば倒せない相手ではない。


「確か首都の北には王国の緑深の剣、エーデルハルト殿がいる。そこに市民は集まっていた筈だ」


「王国のかの有名な……それは……もう要塞だな。なら安心、だッ!!」


剣を振り、止めを刺す。

あっけなく崩れ落ちるヴィジョンズだが、この勝利にいい気はしない。


元は同じ帝国の市民。

例え犯罪者であろうとも、スラム街のものでろうとも、元々は生きていた人間だ。

それが変異し、くっつけ合わされ、人であることを止めさせられたのだ。


もし、ユーズヘルム様が帝国に対して革命をしてくださらなかったら。

もし、芽愛兎様が味方になってくださらなかったら。

もし、プラナリア様が前に出てくださらなかったら。

もし、王国勇者が味方についてくださらなかったら。


今、この目の前にいるのは自分か、はたまた自分の大切な者だったのかもしれないのだ。


感慨深く、そう思慮に吹けていた最中。


「おい!!なんだよあれ!?」


仲間の一人が空に向かい大声で叫び、瞬間太陽は二つに増えた。

否、あれは太陽ではない。

あれは……一匹の龍……幻想種の龍。


「お、おい……あれなんか光ってないか?」


「光ってる……てか、なんか出したぞ」


目の前の事象を的確に判断することが出来ずに、革命軍の兵士はまぬけな表現だけしか出来ずにその現象をただ見ていた。

否。

本能が理解していた。

アレは避けられないと。

今から自分に迫ってくる光は……裁きともいえる程に神々しい光は避けることが出来ないと。


眩しくて目を瞑るが、その眩しさも直ぐに消える。

目を開けた先……そこには黒い蠢く『何か』


黒い靄のような何かが、自分たちを守る様に盾になってその光を喰らっていた。


兵士は再度、龍を見て気づく。

龍よりも少し下。そこに浮かぶ人物……ゴマ粒の様にしか見えないが、確かにその髪の色が一瞬だけ見えた。

金色の髪。

該当する勇者など、一人しかいない。


「芽愛兎様……」


自らを守てくれたのは芽愛兎なのだと。

帝国勇者最弱の芽愛兎が、あおのような強大な邪悪と臆することなく闘い、更に自分たちを守ってくれたのだと。


「帝国を、取り戻すぞ」

「あぁ」「あたりまえだ」


希望は伝染し勇気は伝わる。

勇者達が自分たちにはついているのだから負ける筈などないのだ。


兵士たちは、武器を握りしめ再び走り出す。


――――――――――――――――――――――――――


「アァァァァッ!!」


言葉にもなっていない絶叫と共に紅くどろりとした斬撃が突如飛んできた光を切り裂いた。

その一撃を見て、九図ヶ原は鎌瀬山から距離をとった。


鎌瀬山にあからさまに出来た隙。

しかし、九図ヶ原にはその隙をつく事よりも気になる事があった。


あの龍はなんだ?


九図ヶ原の頭にあのような龍の記憶はない。

しかし、あれ程の力を持った龍。特徴からして幻想種であることが確実ではあるが、ユニコリアに用意はさせてはいないしあれはなんだ?と。


九図ヶ原は『感覚境界』の範囲を帝国全土に広げ……


「あァ!?何やっていやがんだ喰真涯はよォ!?」


その龍の正体が喰真涯であることに……そして、芽愛兎に戦況的に押されていることを知識として取り込む。


「あァ……クソが!!芽愛兎如き瞬殺しやがれよあの雑魚が!!」


九図ヶ原のイラつきは最大限に達し。


「アァァァァッ!てめェが死ねよっっ!!」


鎌瀬山の斬撃が迫り、それを寸でで躱す。



『感覚境界』は周囲の状況を瞬時に所有者の知識にもたらす。

しかし、九図ヶ原も人間だ。取り込まれた情報を全て理解するのに少し時間はかかる。

……時間がかかると言ってもそれは感知できない極小の瞬間。


だが、命の取り合いに……勇者同士の戦いにおいてはその隙が命取りになる。

帝国全土へと『感覚境界』を広げていたため反応が若干遅れた九図ヶ原の頬には紅い鮮血が伝う。


「てめェ……調子のんなよ」


「アァん?」


斬撃から、地面から、紅い液状の塊は鎌瀬山の周囲に溢れ出て九図ヶ原に猛威を振るう。

この状態に成る鎌瀬山の紅い斬撃では傷すらつかなかったシャルマハトがこの紅い液状の斬撃では一撃を耐えるのがやっと。

一度に出せる個数制限があるとはいえ、無限に出せるシャルマハトがいくら減ったところで痛くもかゆくもない。


鎌瀬山の周囲を囲うように地面に流れ出た紅いドロドロの液。

アレが鎌瀬山が動くたびに追い、こちらの攻撃を防ぐ。


一見して見えて、九図ヶ原が押されているとうに見えるこの戦況。


だが、現実は違った。


九図ヶ原の振るった拳は、紅い液状のものが防御に転じる前に鎌瀬山に打ち込まれる。

大振りを無くし、威力を低下させ、速度を上げた九図ヶ原。

九図ヶ原のスピードを重きに置いた動きに、怒り狂った鎌瀬山はついていけない。


「おいおい、ちょっとは冷静になったらどうだ??。そんな大振り当たるわけねェだろ」


嘲笑する九図ヶ原の顔面目掛けて一閃。


全力のその一撃は速度、威力どちらも最高級ではあるが、只振り回してるだけでは九図ヶ原に届くことはない。


「うるせぇぇっ!死ねよっ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!」


大振りな乱撃。周囲を刻み壊す刃の嵐の中、涼しい顔で九図ヶ原は全ていなしていく。


「はァ、だからよ……自分の力に振り回されてるやつがオレに勝るわけがねェだろうがァ!!」


轟音と共に鎌瀬山の身体を吹き飛ばす。


苛つきながら振るうその一撃は怒りに任せ鎌を振るう鎌瀬山とは異なり、無駄のない洗練された一撃であった。


「グフゥッ!」


「オラオラ、休んでんじゃねェぞッ!」


九図ヶ原の拳が倒れそうになる鎌瀬山に何発も打ち込まれる。

威力こそ先ほどに比べれば軽いものだが、それでも近接戦に特化した勇者の拳。


そのダメージはどんどんと鎌瀬山に蓄積していく。


「ま、まだだ……まだ俺はアァァっ!」


踏ん張りが利きにくくなった脚を何とかして奮い起たせ、九図ヶ原に突っ込む。


超接近戦の乱打。


相手の攻撃を避ける事を捨てた鎌瀬山は紅い力を纏い九図ヶ原に殴りかかる。


速さも技量もあちらが上。

しかし、負傷覚悟の鎌瀬山に徐々に、少しずつだが九図ヶ原を捉え始めていた。


九図ヶ原は回避に神経を使い鎌瀬山に拳を当てていく。

命知らずの特効相手にまともに撃ち合うのは最善ではないと把握しているが、自分の得意である間合いから退くことなど、己のプライドが許さなかった。


トップスピードでの勇者のぶつかり合い、それは決して軽いものではない。


「アァァァァッ!」

「らァっ!」


両者とも肉体的、精神的に疲労は蓄積されていく。


どちらが先に果てるかの根競べ。


不利なのは間違いなく、鎌瀬山である。


命を削りながら。

命を投げ捨てながら。

限界を超えた肉体を無理に動かし、鎌瀬山はその斬撃を振るう。


「あァ、そういえばよォ」


斬撃が飛び交い、拳が交差する最中。


「相討ち覚悟で突っ込んできているのは分かッけどよォ」


九図ヶ原は呟く。


「俺の体力の消耗を待ってたんなら謝っとくわ……オレには『能力』があんだよ」




苦しそうになりながらも鎌を振るう鎌瀬山の顔を見て九図ヶ原は笑う。

その表情はさぞ滑稽なのだろう。


「オレに体力なんぞの概念は存在しねェんだ。『永続心身』……限外能力じゃねェが限外能力に匹敵する『能力』だ。体力が切れねェ、疲労が蓄積しねェってだけの単純な能力だ、だがよこの場においては最高の能力だろォ?てめェが命かけようが何しようが無意味なんだってんだから」


「ゥゥゥ……アァァッ!」


鎌瀬山は吼えながら九図ヶ原に飛び掛かる。

鎌の柄が握力で軋む。

紅に染まる身体が鎌を振るう為に限界を超え、筋繊維がみちみちと音をたてる。


そして__。

その鎌が振るわれる瞬間、九図ヶ原の無拍子の一撃が撃ち込まれた。


「_____ッ!」


弾き飛ばされた鎌瀬山は倒れそうになる身体を鎌で支えながら眼前に立つ男を見る。



九図ヶ原戒能は笑う。

その顔面を醜く歪めて笑いながら叫ぶ。



「くくくっ、いい加減よォわかったか?クズ勇者。てめェと俺の才能の差をよ」









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